第2話 告白された時

 森崎千冬もりさきちふゆは、恐れ多くも自分がモテることを知っていた。


 事実、中学から高校にかけて、よく告白をされていた。


 黒髪ロングでおまけに巨乳。


 何よりも誰よりも美人。


 だから、多くの男子が彼女に恋して、告白するのは当然のことだった。


 けど、対する千冬は特別に誰かを好きになることは無かった。


 どんなイケメンに告白されても、心がなびくことはなく。


 いつも、申し訳ない気持ちで断っていた。


 相手が食い下がって来ても、苦笑まじりに断るしかなかった。


 だから、高2に進級して、初めて告白をして来た彼。


 クラスメイトになったばかりで、まだよく知らない彼。


 当然ながら、今までと同じようにお断りをさせてもらった。


 きっと、今まで告白して来た男子と同じように、ガッカリしたり、食い下がって来たりして、また申し訳なく苦笑する他ないのかと、内心で嫌気が差していた。


 しかし――


「ありがとう、君に告白できて良かったよ」


「えっ……?」


 千冬は驚いた。


 思わず、目をパチクリとさせてしまう。


 彼は今までの男子とは明らかに違う反応を示した。


 特別に変わっていない。


 特別にイケメンでもない。


 特別にブサイクでもない。


 平凡な男子……だけど。


 そんな彼はガッカリすることもなく、食い下がることもなく、あっさりとフラれた事実を受け入れ、むしろ笑顔を浮かべて礼を言って来たのだ。


 その瞬間、初めて千冬の内面世界が揺らいだ気がした。


 ゴゴゴ、と地鳴りがして心の水面みなもが大いに揺れていた。


 そんなこと、今までの人生で初めてのことだったから、動揺して。


 けど、そんな自分をよそに、彼――川村勇太かわむらゆうたはあっさりと去って行った。


 この時、初めて千冬は、少し悔しいというか、モヤモヤするような感情を持った。


「……何なのよ」




      ◇




 勇太に告白をされた晩、夜通しずっと、千冬はベッドの上で悶々としていた。


 だから、翌朝はすっかり寝不足だった。


「はぁ~……」


 今まで、こんな風にため息を吐くことなんて、無かったのに。


「あ、千冬ちゃん。おはよう」


「ええ、おはよう」


 友人に声をかけられると、ニコッと笑顔で取り繕う。


 内心では、ずっとため息を漏らしてばかりだったのだけど。


「んっ?」


 ふと、賑やかな声がして目線を向けると、その先には勇太がいた。


 友人たちと、楽しそうに話している。


 それを見て、モヤッと言うか、ムカッとした。


 千冬は席に鞄を置くと、コッコッ、と靴音を鳴らして勇太の背後に立った。


「んっ?」


 振り向く彼を、千冬は腕組みをしながら見下ろした。


 きっと、自分は不機嫌そうな顔になっている。


 自覚がありつつも、止められなかった。


 勇太の方は、相変わらずのんきな顔をしているし。


「川村くん、ちょっと良いかしら?」


 千冬は努めて落ち着いた声音で言う。


「あ、うん」


 先ほどまで騒がしかった勇太の友人たちは、すっかり大人しくなっていた。


「悪い、ちょっと行って来る」


 彼はそう断りを入れて、千冬の後を付いて来た。


 千冬はなるべくいつも通り、自然に廊下を歩いて行く。


 周りの視線を集めてしまうのは、いつものことだけど……今は背後に彼がいるから、やはり落ち着かない。


 ていうか、これって何か、みんなに勘違いされないかしら?


 千冬はそんな不安を抱きつつも、


「……ここで良いからしね」


 人気の少ない場所までやって来た。


 さて、ちょっと勢いで呼び出してしまったけど、何をどう切り出すべきかと、千冬が悩んでいた時。


「あの、森崎さん。ごめんね」


 勇太の方から口を開いた。


「え、何が?」


 千冬は動揺を押し殺して、聞き返す。


「いや、きのう君に告白してフラれた話を勝手にしちゃって……」


 やはり、その話題で盛り上がっていたのか。


「……それは別に良いのだけど」


「そっか。じゃあ、どうして、わざわざ俺のことを呼び出したの?」


 改めて問われて、千冬は答えに詰まった。


 少し考えてから、


「……きのうは、あれからどうしたの?」


「えっ? ああ、さっきも言っていたけど、ラーメン食って帰ったよ」


「……それからは? お家ではどうだったの?」


「家に帰ってからも、腹が減ったから夕飯を食べて、風呂入って、適当に遊んで、寝たよ」


 何ですって……


「よく眠れたの?」


「うん、ぐっすりと」


 ピキリ。


 苛立つを抑え、隠すように、千冬は顔をうつむけた。


「あの、森崎さん? やっぱり、何か怒っている?」


「怒っていません!」


 バッと顔を上げた千冬は、直後にハッとした顔になる。


「……ごめんなさい」


「あ、いや」


 やってしまった、つい感情的に……


 今まで、こんなことは1度も無かったのに……


 あまりにも情けなくて、恥ずかしくて、彼と目線を合わせられない……


「あの、森崎さん」


「へっ?」


 ふいに呼ばれて、つい声が上ずってしまう。


「俺、フラれちゃったけど、森崎さんとはこれからも仲良くしたいな。クラスメイトとして」


 千冬はまた、告白されてフッた彼がむしろお礼を言った時と同じく、目をパチクリとさせた。


 けど、また押し黙っている訳にも行かないから……


「……そ、そうね。構わないわよ」


 少し口ごもりつつも、そう返した。


 それが何だか悔しくて、ぷいとそっぽを向いてしまう。


 ちょっと、感じ悪いかな……って、何でそんなことを気にしてしまうのだろうか?


「ありがとう。俺、森崎さんと同じクラスになれて、ラッキーだよ。これから、よろしくね」


 また、フラれた時みたいに、飛び切りの笑顔で言われてしまう。


 正直、ムカつく……なのに、この気持ちは……


「……ええ、よろしく」


 また、無愛想な返事をしてしまう。


 こんなの、今までの自分じゃない……千冬はもどかしさを覚えてしまう。


「そろそろ授業だし、教室に戻ろうか」


「ええ」


 今度は勇太が前になって、千冬はその後を追う形となる。


 平凡な男子かと思っていたけど……意外と、背中は男らしい……って、違う!


「……本当に調子が狂うわね」


 ついまた、彼の背後でボソッと呟いてしまった。




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