第21話 ミシン貸してもらえませんか?
イベントの日まで約一週間、今日はバイトがあるので白石さんの家には二人が行っているはず。
サードストリートで買った古着をリメイクし、切ったり新しい布を当ててコスプレ用の衣装を作っている。
大きな作業自体は白石さんがしているようで、部屋にミシンを持ち込みせっせと布を走らせているようだ。
槻木さんは衣装以外の装飾品の作成をしたり、白石さんにコスようのメイクを教わりながら四苦八苦している。
「終わりましたー」
「どれどれ」
今日の撮影は予約なし。つい最近まで予約は多かったが入学シーズンが終わったのか予約件数は減る一方。
このままではこのスタジオがつぶれてしまうんじゃないか?
本気で心配する。
「なかなかうまくできているな。テストサーバーにはアップしたのか?」
「はい、言われた通りにファイルはアップロードしています」
「優一の初撮影の写真だ、先方にテストアドレスの方をメールで送っておいてくれ。問題がなければ公開しよう」
「わかりました。すぐに送りますね」
栗駒さんにホームページの作成方法を教わりながら今回はほぼ俺がメインでホームページを作った。
初めは戸惑ったけど、一度覚えると結構簡単にできる。
仮ページのアドレスを張り付けて、メールを送信。
あとは連絡を待つだけだ。
「送りました。これで問題がなければこの仕事も終わるんですね」
「いやいや、ここからが本番だよ」
「本番?」
「そう。初めのページ作成は安く作る。そして、更新の時にも料金を頂戴する。更新しないと古いページになってしまうからね。高確率で再度更新依頼が来るのさ」
「なるほど……。というと、新しメニューとかが増えたら、また写真を撮りに行くんですか?」
「そうだ。その時はよろしくな」
「わかりました。任せてください」
そんな話をしながら、ここ数日で撮った写真のデーターを整理し始めた。
──ピローン
LIMEが届いた。誰だ? 未来(みらい)か?
夕飯までには帰るって言ってからバイトに来た気がするんだが……。
送られてきたメッセージを見ると白石さんからだった。
『広瀬君、ミシンって持ってる?』
ミシン? 家にもあるし、このスタジオにもあるな。
『あるけど? どうかしたの?』
『壊れた』
こ、壊れた! え? だってイベントもうすぐでしょ?
『衣装は間に合いそう?』
『無理かもしれない……。新しいミシン買う予定もしばらくないってパパが……。広瀬君、ミシン持ってたら貸してもらえないかな?』
貸してもいいけど、重いですよ?
「優一、どうした?」
「あ、えっと白石さんから連絡が来ていて……」
バイト中に私用でスマホを見ているとは言えない。
「もう返事が来たのか、早いな。どうだ?」
「も、もうちょっと詳しく聞いてみますね」
俺は慌てて画面を消し、店の電話から白石さんの自宅に電話をかける。
『はい、白石です』
「もしもし、栗駒スタジオを申します」
『広瀬君?』
よかった白石さんが出てくれた。
「えっと、さっきメッセージを送ったんですが……」
隣で栗駒さんが俺の話を聞いている。
『みたよ。ミシン持ってない?』
おっふ。どうやってごまかしながら話を進めれば……。
ええーい、ままよ!
「ミシンはスタジオにもございます」
『ほんと! よかった! 貸してもらえないかな?』
話がどんどんずれていく。
「はい、お貸しすることはできます。ただ、スタジオから出すことができないので、ご来店していただければ……」
『本当、助かる。じゃぁ、今から行くね! 里緒菜、広瀬君のバイト先にあるって。貸してもらえるみたい』
まずい。まずい!
「お、お待ちしております……」
通話が切れた。
栗駒さんの目を盗み、スマホで短文を作る。
『お店の仮ページできた。来る前に見てきて! お願い!』
『もうできたんだ。わかった、行く前に見ておくね』
セーフ! これでスタジオに来ても仕事の話はできそうだ。
あとは……。
「く、栗駒さん」
「どうした? 何か問題でも?」
「ありません。 何も、問題はありません」
俺は力強く訴える。
「そ、そうか……」
「今から白石さんがこちらに来るそうです」
「そうか、何か細かいところの修正でもあるのだろう。来たらヒアリングしておいてくれ」
「わたりました。あと、お願いが……」
「ん?」
「スタジオにあるミシン貸してもらえませんか?」
「ミシン? あぁ、あれか。いいぞ、好きに使って」
あざーっす。
「助かります。白石さんにミシンを使ってもらってもいいですか?」
「構わんが? それより、今日はこの後ちょっと打ち合わせが入っている。店番頼むぞ」
「わかりました。打ち合わせって何の打合せですか?」
「幼稚園で運動会があるんだ。その写真撮影の打ち合わせ。優一も撮影に行けるだろ?」
そう。俺は栗駒さんに人物の写真も撮ることを伝えた。
その話をしたときはものすごく喜んでくれて、肩を思いっきりたたかれた。
薄っすらと瞼に涙っぽいものがあったけど、見なかったことにしている。
俺は栗駒さんに恩返しもしないとな。
「もちろんです。園児の笑顔、カメラにおさめますよ」
「期待してる」
栗駒さんの温かい言葉をもらい、スタジオには俺一人になった。
そして、ミシンの捜索を開始する。
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