第22話 下着、見たよね?


「こんにちはー」


 白石さんの声だ。思ったよりも早く来たんだな。

スタジオの奥にあったミシンを出し、掃除をしておいた。


「いらっしゃい。準備できてるよ」

「ありがとう。栗駒さんは?」

「打ち合わせで外に行ってる。槻木さんは?」


 白石さんに遅れること数分、疲れた顔をした槻木さんが現れた。


「あ、おば……。歩くの早い」

「ごめん、早く広瀬君に会いたかった──、じゃなくてミシン借りたくて」


 一瞬ドキッとしてしまった。

薄っすらと額に汗が見えるから、結構急いできたんだな。


「広瀬っち、これよろしく。結構重いからね」


 渡されたキャリーバッグ。何が入っているんだろ?

確かに少しは重いけど、カメラの機材一式よりは軽いかな。

軽々と持ち上げ、スタジオ内に運ぶ。


「広瀬君、意外と力持ちなんだね」

「そうでもないよ。バイクも機材も重いから、慣れの問題かな……。二人とも女の子だし、細いからしょうがないよ」

「「細い……」」


 なぜか二人とも喜んでいた。


 スタジオに入って、準備を始める。

今日は来店者ゼロなので、広々と使える。


「ここ使っていいの?」

「今日は平気。予約も入ってないし。あと、ミシンこれなんだけど大丈夫かな?」


 白石さんは電源を入れ、糸を通し、チェックしていく。

なんだかお母さんみたいだ。


「うん、大丈夫。いけるよ。ありがとう、助かったよ」


 微笑む彼女は可愛い。少しだけ鼓動が早くなる。

後ろから何か布のすれる音が聞こえ始めた。

槻木さんも布の準備を始めたのかな?


 振り返ると予想外。ナニシテルノ?

彼女はスカートとシャツを脱ぎだし、持ってきた服に着替え始めている。


「ちょ、なっ!」


 槻木さんは着替えながら視線だけ俺に向ける。


「あ、大丈夫、下にもちゃんと着てるから。何? ドキドキした?」

「してない! あっちに試着室あるから!」

「これ全部持っていくの大変。誰もいないんでしょ? だったらいいじゃん」

「よくない! ほら、あっちに!」


 槻木さんの背中を押すと、スカートが落ち、シャツが半分はだける。

え? さっき、着てるって……。


「え? な、なんで!」


 半下着姿の槻木さんは服を手に持ち、試着室に走って消えていってしまった。


「里緒菜、ここに来る前に私の家で一度全部脱いで着替えたの忘れてたんだね……」

「そういうことは早く言ってください!」

「ごめん。で、見たの?」

「ん、何を?」

「里緒菜の下着、見たよね?」


 黒いオーラが見え隠れするが白石さんは笑顔だ。

俺を黒天使微笑(ぶらっくえんじぇるすまいる)はその眼で俺の動きを止める。

な、なんて恐ろしい技なんだ。


「ミテナイ」

「見たよね?」

「ミテナイ」

「見た、よね?」

「ちょっとだけ……」


 ため息をつく白石さん。

でも、たぶん俺は悪くない気がします。


「里緒菜も女の子なんだからもう少し気を付けないとね。広瀬君も気を付けてね」


 と、俺の頬をつまんでくる。


「ふぁい。気を付けます」


 白石さんと持ち込んだ物の確認をしていると、着替え終わった槻木さんがやってくる。

頬を赤くし、照れている。


「ど、どうかな? まだ完成じゃないんだけど……」


 超ミニのデニムパンツにへそ出しシャツ。それに合わせたジャケット。

頭には耳が付いており、後ろには尻尾もつている。


「おぉ、それっぽい」

「サイズはどう? どこかきつくない?」


 くるりと周り、体を動かす槻木さん。

見ているこっちも少し楽しい。


「ちょっとお腹周りが……。あと、ショートパンツがやっぱり短い……」

「ショートパンツの部分は今からリメイクするから大丈夫。全体のバランスはどう?」

「大丈夫かな。あとは、リストバントとかの小物を付けてみてって感じかにゃ?」


 猫じゃないよ。設定上、その子は虎だからね。


「……私も着てみていいかな?」

「何を?」

「真凛の衣装。里緒菜見ていたら着たくなちゃった」

「いいよいいよ! 着てみてよっ。私まだあおばのコス姿は見たことない」


 俺もリアルではないな。

でも、作業遅延するんじゃ?


「よし、着てみよう。里緒菜と併せてみたいし。広瀬君……」


 白石さんは立ち上がり、俺に、向かってゆっくりと歩いてくる。

その温かいまなざしは、まるでマザーの温かさ。

うちの母親とは違う、もっと美人で優しいご飯もおいしく作れるお母さんのことだ。


「白石さん……」


 白石さんは髪を耳にかけなおし、俺の目をまっすぐに見てくる。

彼女の手が俺と重なる。上目づかいで、頬を少しだけ紅潮させるのは反則だ。

彼女の顔が俺の顔に近づく。あ、石鹸のいい香りが……。


「広瀬君……。お願い」


 彼女に渡されたのは型紙と布。


「はい?」

「型紙に沿って切っておいてもらえる? 生地の方向に気を付けてね」

「お、おう」

「その間に着替えてくるから。よろしくっ」


 衣装を持って試着室に走っていく彼女の背中を視線で追う。


「広瀬っち、あおばの着替え覗いちゃだめだにゃ」

「覗くか!」


 俺は槻木さんにちょっかいを出されつつ、布の上に型紙を置いてまち針で止めていく。

んー、こんな感じでいいのかな。


「広瀬っちって本当に器用だね。何でできるの?」


 間隣に槻木さんがいる。

腕と腕がくっつきそうで、俺の作業をまじまじ見ている。

しかも、その短いショートパンツ姿、へそ出しシャツはやめてほしい。

目のやり場に困ります!


「家庭科で習っただろ?」

「そうだっけ? でも、広瀬っちが一台あると、手伝いもしてくれるし、写真も撮ってもらえるから便利だにゃ」

「……。虎は『にゃ』とは言わない。なんで『にゃ』ってつけるんだ?」

「耳ついているからな? そんな気分なだけ。作中では『にゃ』とは言わないから、オフの時だけだにゃ」

「っそ、ならいいか」


 いいのか? 俺にはよくわからない。


「おまたせー」


 白石さんの声がする。

どうやら着替えが終わったようだ。

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