第16話 だったら私が証明するよ。


「そう。一枚もうあるんでしょ? だったら何枚も撮ってよ。私は絶対に大丈夫」


 俺は自分から人を撮ることをやめた。

『不幸のカメラマン』と呼ばれるようになってから、人を撮るのをやめたんだ。

もう、誰も俺のせいで不幸にしたくない。


 彼女は俺の目を見ながら訴える。


「広瀬君、私を撮って。絶対に大丈夫だから」


 撮影したら白石さんを不幸にするかもしれない。

もし、白石さんの身に何かあったら、俺はどうしたら……。


「でも、俺はもう誰も……」


 俺の隣にぴったりとくっついて、何かを見せてくる。


「これ私なんだって」


 見せてきたのは間違って撮ってしまった白石さんの写真。


「確かにそうだけど……」

「こんな顔している自分を見るのが初めて。なんか、新鮮でね。これ、あげる」

「くれるの?」

「そう。広瀬君が撮った、人の写真。記念に持っててよ」


 写真を差し出す白石さん。でも、俺も同じ写真を持っている。

俺はさっきおじさんに渡された写真を手帳から取り出し、白石さんに見せる。


「同じ写真……」


 取り出した写真は白石さんが持っている写真と同じだった。


「広瀬君も持ってるんだ」

「栗駒さん曰く、いい写真だって。さっき印刷して渡されたんだ」

「やっぱりいい写真なんだ。そう言われても、まだ自信もてないの?」


 そういう問題じゃない。被写体の人が……。


「自信はない……。このあと、白石さんの身に何が起きるか……」

「だったら私が証明するよ。広瀬君、私をもう一度撮って。絶対に大丈夫だから」


 どこかで聞いたことのあるセリフ。


「安心して。絶対に何も起きないから」

「でも……」


 彼女は立ち上がり、俺の手を取る。


「真凛は絶対にあきらめないし、負けない。私は自分を信じることにする。真凛のようになりたいから」

「真凛のように……」


 あきらめない。努力する。新しいことへの挑戦。そして、自分に正直で、みんなを助ける。

俺も、もう一度──。


 俺は立ち上がる。バッグの中からカメラを取り出し、撮影の準備をする。

レンズを付け、ストロボを取り付ける。


 カメラの電源を入れ、ファインダーをのぞく。


「白石さん……」

「いつでもいいよ。ここで、いいかな?」


 白石さんはベンチから立ち上がり、数歩あるく。

そして俺の方へ視線を向けた。


「撮るよ」

「うん」


 ぼやけていた彼女の姿が、レンズ越しにはっきりと見える。

その姿はとても幻想的で、その眼は俺だけを見ている。


 月明かりが薄っすらと照らす、誰もいない公園。

俺と白石さんがファインダー越しに視線を交差させ、互いに見つめ合う。


──カシャ


 俺はずっと撮れないと思っていた。でも、彼女が俺の背中を押してくれた。

きっと、俺は前に進める。


『広瀬君は人を不幸にしない、広瀬君は人を幸せにするんだよ。あきらめないで夢を叶えて。絶対にあきらめないで。私は信じてるよ』


 子供のころに渡された女の子の手紙を思い出す。俺はずっとはあきらめなかった。

今日、俺は白石さんのおかげで一歩前に進むことができた。


 ありがとう、白石さん。

 シャッターを押す指に力はいらない。カメラも重くはない。

でも、今だけは力いっぱいシャッターを切り、カメラを握る手は力強かった。


 カメラを握って、シャッターを切る。簡単なことだけど、この一歩がずっと、ずっとできなかった。

白石さん、ありがとう。君のおかげで俺はきっと前に進める。


 そう思ったら自然と涙が出てしまった。

俺はカメラから目をはなすときに、袖で涙を拭いた。

こんな姿を彼女に見せたくはない。


「白石さん、ありがとう。写真を撮ることができたよ」

「うん。今私はここで、広瀬君に写真を撮ってもらった。見せてもらってもいい?」

「もちろん」


 彼女が俺の隣にやってきて、腕と腕がくっつく。

彼女の温かい体温を感じ、少しだけ自分の鼓動が早くなるのを感じた。


「これ、なんだけど……」

「うん。なかなかうまく撮れてるんじゃないかな?」

「レタッチしてくれるの?」

「いいよ。家に帰ったらレタッチして、LIMEで送るよ」

「うん。楽しみに待ってる。じゃぁ、もう一枚」


 俺の腕に自分の腕を絡ませ、ぐっと白石さんに近寄る。

か、顔がくっつくーーーー!


「広瀬君、ここみて」


 視線を上げると白石さんは自分のスマホを手に持ち、手を伸ばしている。

スマホのインカメラが起動しており、俺と白石さんの二人が画面に映っている。


──カシャ


「撮れた。初オフショだね。レタッチしたら広瀬君に送るね」

「は、はい……」


 オフショってオフショットの事かな?

ベンチに戻って、自分の荷物をまとめる。


「白石さん、ありがとう。俺、一歩前に進めたかもしれない」

「どういたしまして。きっと真凛ちゃんだったらこうすると思う。あのさ、もう一度聞いてもいいかな?」


 きっと、白石さんはあの事を聞いてくると思う。

俺の返事は決まっていた。だったら、今度は俺から彼女に言おう。

今の俺だったら、きっと言える。


「白石さん。真凛ちゃんのコスをした、白石さんを撮らせてもらえないかな?」


 白石さんはびっくりしている。


「先に言われちゃった。ぜひ、お願いします」


 こうして、俺は人を撮らないカメラマン(自称)から、人も撮れるカメラマン(自称)になった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 互いに握手をして、お互いの決意を確かめ合う。


「あ、あともう一つお願いがあるの」

「もう一つ?」

「乗せられるようになったら、バイクの後ろに乗せてもらえないかな?」

「どうしても?」

「ダメ?」


 その上目使いの表情でお願いするのは反則ですよ。


「練習したら、乗せてもいいけど……。何でそんなに乗りたいの?」

「真凛がバイクの後ろに乗るシーンがあるの。夕日が沈む海沿いの道のシーン。わかるかな?」


 勉強不足ですいません。まだそのシーンはわからないです。はい。


「な、夏休みには乗れると思うかな。多分……」

「やった! ありがとう。きっと、気持ちいんだろうね……」


 月明かりが照らす公園で、俺と白石さんは一歩前に進むことができた。



『広瀬君の写真は人を幸せにするんだよ』



 転校していった彼女。

 そして、俺は白石さんに、真凛に心を救われた。


 俺は、見た人を幸せにするカメラマンになるんだ。

月明かりが照らす公園で、彼女は天使の微笑みを浮かべる。

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