第15話 私はずっと信じてるよ


 十歳の誕生日、俺は欲しかったデジタルカメラを買ってもらった。

嬉しくて、毎日遊びに行くとき持ち出すようになっていた。


 何でも撮った。メモリがあれば何枚でも撮ることができた。

家に帰ると、父さんがパソコンに写真を取り込んでくれた。


 俺は山や川、畑、公園、鳥や犬猫なんでも撮った。

楽しかった。昔見た心を打たれたような写真を、自分でもいつか撮れると信じていた。


「では、今日は皆さんの夢をかいてください」


 学校で渡されたプリント。

真ん中には『将来の夢』と大きく書かれている。


 俺の夢は決まっていた。


『人を感動させることができるカメラマンになりたい』


 この夢をずっと追いかけていた。

カメラも買ってもらった。夢に一歩近づいたと思った。


 そして事件は起きてしまう。


「優一! 俺の事写真撮ってくれよ!」

「俺も! ほら、早く!」


 公園で遊んでいる友人が群がる。

自分から進んで取りたくない写真を、俺は何枚も撮った。


「写真出来たらよこせよ!」

「よこせよー」

「わ、わかったよ……」


 家に帰り、父さんに写真が欲しいことを伝えると、すぐに印刷してくれた。


「ほら、これでいいか? これ、友達の写真か?」


 友達? 友達なのか? 俺にはわからなくなってしまった。


「うん、まぁそんなところ」


 曖昧な返事をして、翌日写真を渡した。


「なんだ、こんなもんか。もっと良く撮れよな!」

「撮れよな!」


 そういいながら、彼らは写真をポケットに入れ、持ち帰った。

そして、数日後──。


 一人は車にひかれ、一人は川に落ちた。

俺は、何もしていない。ただ、写真を撮って渡しただけ。

俺は、何も悪くない。


「お前に撮られたらこうなった。お前は不幸のカメラマンだ! お前は人を撮るんじゃねーよ!」


 少しだけ心が痛かった。


「そんなことないよ。広瀬君はきれいな写真も撮ってる」


 味方になってくれたのは同じクラスの女の子だった。

栗色の髪を三つ編みにし、力強い口調で俺をかばってくれた。


「はっ! 広瀬は死神なんだ。死神のカメラに、不幸のカメラマン。最悪の組み合わせだ!」

「そんなことない! 広瀬君、そんなことないからね!」


 俺はその日の放課後、一人で教室に残っていた。

そろそろ日が落ちる、帰らないと……。


 教室の後ろに掲示された、みんなの夢。

俺の夢は『人を感動させることができるカメラマンになりたい』。

でも、俺は不幸のカメラマン。みんなを不幸にする。

その夢をあきらめた方がいいのか?


 心がもやもやしていた。


 数日後いつもの公園で遊んでいると、俺は不幸のカメラマンネタで友達にいじられていた。

でも、彼女がみんなに言ってくれた。


「だったら私が証明する! 広瀬君、私を撮って。絶対に大丈夫だから!」

「で、でも……」

「安心して。絶対に、何も起きないから」


 そういわれ、公園に集まったみんなの前で俺は彼女の写真を撮った。

父さんにお願いして、彼女の写真を印刷してもらった。

翌日俺は彼女に写真をわたし、彼女は笑顔で受け取ってくれた。


「いい写真だね。ほら、やっぱり広瀬君は人を幸せにできる写真が取れるんだよ」


 嬉しかった。でも今思えば、彼女の写真を撮らなかったほうが幸せだったのかもしれない。


──数日後


「えー、急にですが今日を最後に転校することになりました。突然の案内になってごめんなさいね……」


 朝の会で先生が俺たちに告げた。

俺が写真を撮った彼女が転校してしまう。


『安心して。絶対に、何も起きないから』


 起きてしまった。転校、彼女が転校してしまう。

やっぱり俺は不幸のカメラマンなんだ……。


 その日、俺は最後まで教室に残り、自分の夢を描いたプリントを破ってゴミ箱に捨てた。

もう、二度と人は撮らない。そう、心に決めた。


 教室に入ってくる夕日の光が目に染みてとても痛かった。

夕日のせいで俺は涙を流したのかもしれない。


 翌日、いつもより早めに登校すると机に封筒が入っていた。

差出人は転校していった子だった。

中には便箋としわしわの紙が一枚だけ入っていた。


『広瀬君は人を不幸にしない、広瀬君の写真は人を幸せにするんだよ。あきらめないで夢を叶えて。絶対にあきらめないで。私はずっと信じてるよ』


 そして、手紙とは別のしわしわの紙。

俺が破いて捨てた将来の夢を描いたプリント。丁寧にセロテープで直され、一枚の紙に戻っている。

なんで、これが……。まさか、彼女が直したのか?

 だって、俺が写真を撮ったから彼女は引っ越すことに……。


 俺はセロテープだらけの紙を一枚握りしめ、歯をくいしばる。

俺は夢をあきらめない。撮り続ける、絶対にあきらめたりはしない。

いつか、俺の撮った写真をあの子に見てもらう。そして、その時には──


『広瀬君の写真は人を幸せにするんだよ』


 見た人を幸せにするカメラマンになるんだ。

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