第14話 私を幸せにしてよ


「ありがとうございました」

「では、また後日」


 白石さんと打ち合わせが終わり、今日のバイトが終わった。

俺は白石さんと一緒にスタジオを出て、スタジオの裏にある駐輪場へ向かう。


「自転車?」

「バイク」

「バイク乗るんだ」

「撮影で遠くにも行きたいから……」


 バイクがあれば山にも川にも海にも行ける。

自転車や公共機関のみではいけないところや費用が掛かるところ、時間に制限ができてしまうことなどでメリットが多い。


「大きなバイクだね。後ろにもシートがあるけど、二人乗りできるの?」

「二人乗りできるけど、俺はまだできない」

「まだ?」

「免許とってからまだ一年たってないんだ。一年たったら二人乗りできる」

「そうなんだ。ねぇ、二人乗りできるようになったら後ろに乗せてもらえないかな?」


 俺がバイクにまたがって、ヘルメットに手をかけると白石さんはそう話してくる。

二人乗りが怖い訳じゃない、多分大丈夫だと思う。

でも、二人乗りが安全かと聞かれたら、多分危ないんだよな。

後ろに人乗せたことないし。


「バイクに乗るのは危ないと思うけど?」

「でも、広瀬君はのってるよ」

「二人乗りの練習してないから……」

「だったら練習で後ろに乗ってくれる人が必要だよね?」


 遠回しに言ってみたけど、白石さんは全く引かない。

そんなに乗ってみたいのかな?


「……どうしても?」

「乗ってみたい」


 結構押しが強いんですね。

昨日まで距離があったのに、今はその逆。昨日よりも距離を近く感じる。

この差は一体何なんだ?


「動いていなければ乗ってもいいんだよね?」


 俺の後ろにあるシートに彼女はまたがり、俺の腰回りに手を回す。


「危なっ、急に乗るのやめてもらえるか? 危ないんだけど」

「ご、ごめん。結構しっかりしているんだね」

「まーなー、それなりにスピード出るし」

「バイクじゃなくて、広瀬君。もっと、ぷにぷにしたお腹だと思った」


 ぷにぷにって……。


「結構重いんだ、降りてくれないか?」

「重い? 私が? そんなに重いの?」

「違うよ、バイクがそれなりに重いから、動かすのに降りてほしいんだ」

「このままエンジン付けないで、手で引いたら?」

「……違反じゃないけど、俺が疲れる」

「じゃぁ、この先の公園まで乗せてよ」


 なんか、白石さんのキャラが変わってる?

よくしゃべるし、終始笑顔だし。いったい何があったんだ?


「公園まで行ったら降りてくれるのか?」

「もちろん」


 俺は白石さんの提案を受け、スタジオ近くの公園までバイクを手で押すことになった。

なぜ? しかもいつもよりも人一人分重い。早く帰りたい……。


「バイクに乗るとこんな感じなんだね。広瀬君はどこまで行ったことあるの?」


 どこまで? 一番遠いところかな?


「隣の県の海かな?」

「それって、日本海?」

「そ。山を越えてみたかった。日本海を見てみたかった」

「その時の写真は?」

「撮ったよ。何枚かスタジオに飾ってもらってる」

「広瀬君の写真、スタジオで見たよ。すごいね」

「俺の写真、見たんだ」


 白石さんに褒められ、少しだけ嬉しい。

いままで褒めてもらったことなんてないからな。


「構図もいいし、レタッチもきっと私よりもうまいと思うし、まじめで行動力がある」

「まだまだいろいろと勉強中。おじさんの方がすごいよ」

「それに、私が広瀬君の写真を奇麗だと思った。本当だよ? お世辞じゃないよ」

「ありがと。そう言ってもらえると、嬉しいよ」


 少し暗くなった空。

西の空がほんの少しだけ赤みを帯び、東の空は紺色に染まっていく。

一つ、二つと星が輝き始め、やがて闇夜に包まれる。


「着いたぞ。そろそろ降りてもらえないか?」

「ありがとう。すごく楽しかったよ」

「どういたしまして。俺は腕が疲れた、じゃ俺は帰る。白石さんも気を付けてね」


 彼女を公園に残し、俺はバイクにまたがる。


「広瀬君」


 彼女はバイクの前に立ちはだかり、俺の方を見ている。


「何?」

「こないだ、話した撮影の件。やっぱり広瀬君に撮ってほしい。もう一度、伝えるね。私の事撮影してもらえないかな」


 先日断ったばかりだ。

なぜ同じことを聞く? 返事は同じに決まっているだろ?


「何度言われても、返事は──」

「私の写真、撮る気はなかったのかもしれないけど、撮ったよね?」


 確かに、撮った。撮ってしまった。

でも、それは俺が撮ろうと思って撮った写真じゃない。俺の写真ではないんだ。


「し、らない。なんだそれ?」

「あれ? さっきスタジオで写真を見せてもらったんだけど……。これって、広瀬君が撮ったんだよね?」



 彼女は一枚の写真を取り出し、俺に見せる。

その写真は間違いなく俺のカメラが写した写真。

『いいじゃないか。彼女の顔』おじさんがいいと言ってくれた写真だった。


「確かにそれは俺のカメラで撮った写真。でも、俺はもう人を撮らないって──」


 俺が撮影した人はみんな不幸になる。

俺は、白石さんを不幸にしたくない。


「でも、この写真は広瀬君が撮った。広瀬君が撮ったんだよ。一度撮ったんだ、二枚目も三枚目も撮ってよ。そして、私を幸せにしてよ」

「幸せ?」

「そう。さっきスタジオで聞いたの。カメラマンは人を幸せにするって。広瀬君は人を幸せにする写真が取れるんだよ。だったら、もっとたくさん撮ってよ。そして私の事をもっと撮ってよ」


 ここまで話をされたことは、今までに一度もない。

自分から避けていたからだ。俺は人を撮らない。でもいつか撮れるようになる──。

そう思い込んで、ずっと避けてきた。


「少し、座ろうか」


 俺はバイクのスタンドを立て、ヘルメットを脱ぐ。

彼女は本気で言っているのだろうか。俺の事を話しても、まだ撮ってほしいと言うのだろうか。


 彼女の想いは本気だと思う。俺は、その想いにこたえなければならない。

一人のカメラマンとして。


 俺はバイクを公園の入り口に止め、自販機で紅茶を二本購入。

電灯から少し離れたベンチに座り、二人とも同じ方向を見て座る。


「俺さ、不幸のカメラマンって言われてるんだ。被写体の人をみんな不幸にする」


 誰にも言ったことのない俺の過去。

俺がカメラを持ち続ける理由、人を撮らない理由。


「何それ?」

「わからない。でも、俺が撮った人はみんな不幸になるんだ。だから、撮らないって決めた。この後、もし白石さんの身に何かあったら……」

「でも、もう一枚とってるよね?」

「確かにそうだけど、あれは事故だよ。俺が撮ったわけじゃない」

「だったら証明しようよ。私を何枚も撮って何もないことを証明すればいいと思うの」

「証明?」

「そう。一枚もうあるんでしょ? だったら何枚も撮ってよ。私は絶対に大丈夫」


 俺は自分から人を撮ることをやめた。

『不幸のカメラマン』と呼ばれるようになってから、撮るのをやめたんだ。

もう、誰も俺のせいで不幸にしたくない。


 彼女は俺の目を見ながら訴える。


「広瀬君、私を撮って。絶対に大丈夫だから」


 白石さんが彼女と重なる。

俺が今でもカメラを握り続けている理由になった彼女と……。

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