第13話 たった今私の推しになりました


──ピンコーン


「いらっしゃいませ」

「すいません、白石なんですが……」

「お待ちしておりませた。えっと、お一人ですか?」


 予想していた通りの展開だ。

パパは急な来客があり、スタジオに行くことができなくなってしまった。

代わりに私が来ることになったけど、大丈夫かな……。


 でも、スタジオに入ったとき広瀬君の姿はなかった。

きっと今日はバイトがない日なんだ。少しだけ安心する。


「父は急用でこれなくなってしまいました。でも、代理で私がお話を」

「そうですか。ページの構成とか写真をどれにするか、ご意見を聞こうと思いまして」

「わかりました。よろしくお願いします」


『あおばに全部任せるよ。あおばの思ったようにページを作ってもらいなさい』


 そう父に言われ、いま私はここにいる。

娘に全部任せるなんて……。でもお店の事、パパの事を考えるとできるかぎり頑張らないと。

真剣に取り組まなければ。そう思い、私は案内されたパソコンのある部屋へ移動する。


「少し準備に時間がかかるので、店内の写真でも見ていてください。準備ができましたらお声がけしますね」


 モニタに映し出されたホームページ。まだ作っている最中のようで、空白が目立っている。

その隣に開いたフォルダには写真が何枚も入っていた。よく見ると、喫茶店の外装や看板が映っている。

そして、私の作ったサンドイッチとパスタも見えた。これ、広瀬君が撮ってくれた写真だよね。


 私は声を掛けられるまで店内を見て回る。

こっちが撮影するスタジオで、ここが受付。こっちは衣装とかあるんだ……。

あ、この小物可愛い。手作りなのかな?


 広瀬君、思ったよりもちゃんとしたところでバイトしてたんだな。

店内もスタジオも手入れが行き届いており、不快なところはあまりない。


 ふと、ギャラリーに飾られている写真に目がいく。

どこかの山に沈む夕日、どこかの海から上る朝日、かな?

どちらの写真も赤い太陽から漏れる光をまぶしく感じる。

写真なのに、まぶしい? そう感じたのは間違い?


 山の中に見える滝や紅葉している山。

雪が積もった赤いレンガの大きな建物。どれも見ていてきれいだと思った。

きっと、ここのカメラマンの人が撮ったのだろうと思った。

プロって、やっぱりすごいんだな……。


「それ、うまく撮れてると思いませんか?」

「とても。この写真素敵ですね……」


 きっと何年も経験を積んで初めて撮れる一枚なのだろう。

この写真と比べたら、私の自撮りは子供が撮影した写真のように見えてしまう。


「この辺は全部うちのアシスタントが撮影した写真でね。まだ修行中なんですよ」

「アシスタントの方が? きっと、才能があるんですね……」

「才能、きっとあると思います。でも、風景がメインで人が撮れないところが──」


『俺、人を撮影できないんだ──』


 彼の言葉が脳裏を駆け巡る。う、そ……。この写真は全部、広瀬君が?

私はどうしても気になって、お店の人に探りを入れてしまう。


「アシスタントの方って、どうして人を撮らないんですか?」

「んー、まぁ昔色々あって、撮らなくなったんですよ」

「何があったんですか? 事故ですか?」

「事故ではないんだけどね。『不幸のカメラマン』ってあだながついてしまってね……」

「不幸のカメラマン?」


 お店の方が人が撮れなくなってしまった訳を少し教えてくれた。

どうして人を撮らなくなったのか。どうして、いまでも撮り続けているのか。

私の知らない広瀬君を、また私は知ることができた。


「──ということでね。でも、彼はまだ夢を追いかけているんです。私はそんな彼をずっと応援しているんですよ」

「そうですねか。その方ならきっと心を打つような写真が撮れます。絶対に」

「随分推してくれるんですね」

「はい。たった今私の推しになりました」

「彼には秘密ですよ、私が応援しているのも、あなたに彼の事を話したのも」

「わかりました。私が聞いたことも秘密にしてくださいね」


 私はこの日、栗駒さんと密約を交わしてしまった。


 ホームページに載せる写真を見ながら、全体の構成を見ていく。

お店の雰囲気に合ったページのカラー、文字のフォントも素敵なものにしてもらった。


「では、ここのメニューの写真なんですが──」

「あ、あの。この写真……」


 そこには私が映っていた。しかも、かなりびっくりしている表情だ。

私、こんな顔するんだ。初めて見たかもしれない。


「あぁ、申し訳ありません。これは、間違って撮影されてしまった写真で、削除しますね」

「待ってください。あの、良かったらこの写真もらえませんか?」

「いいですけど、素材として使うんですか?」

「いえ、個人的に手元に置きたいので」

「わかりました。納品物として、写真のデーターも全部お渡ししますね。プリント版も必要ですか?」

「はい。お願いします」


 手渡された一枚の写真。こんな表情の自分を見たら笑ってしまう。

でも、私の知らない私の顔。そんな私を撮ってくれた広瀬君。

この表情はきっと仮面じゃない、本当の私。


「戻りましたー」


 広瀬君の声がする。今日は休みではなかったの?

何を話せばいいのだろうか。ここ数日彼とは距離ができてしまった。

私は思った、深く考える必要はない。

私は依頼主で、広瀬君は依頼を受けてくれた人なんだから普通に話せばいいだけ。


「こんにちは。先に始めてましたよ」


 今までと同じように声をかける。


「も、申し訳ありま……。白石さん? え? なんで?」


 拍子抜けした広瀬君の顔。もし、手元にカメラがあれば撮っておきたい。

きっと、私の写真といい勝負ができると思う。

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