第12話 これは俺の写真じゃない


 あの日、俺は彼女に撮影を依頼され、その場で断ってしまった。

数日経過したがあの日から彼女と会話らしい会話は何もしていない。

白石さんから借りた小説は最後まで読み切ってしまった。


 続きが気になる……。でも、連絡するのもなんか嫌だ。

非常に気まずい。


 学校が終わり放課後をむかえる。

今日はバイトか、早めに帰ってスタジオに行くか。

先日撮影した喫茶店の写真については受け取ったと返事が来ただけで、特に何も言われていない。

きっと、合格だったに違いない。


 通学用のバッグを背負い席を立つ。


「あっ……」

 

 白石さんが少しだけ声を上げる。

だが、俺は白石さんとは視線を交わすこともなく、挨拶もしないで教室を出る。

もし、用事があるんだったら俺に声をかけるはず。


 こんな感じで彼女とは若干距離ができてしまい、あの日のようにお昼を一緒に過ごすことはない。


──フォォォォン


 自宅に帰り、スタジオに向かう準備を終わらせバイクのエンジンをかける。

妹は今日部活らしいので帰りがいつもよりも遅い。

両親も共働きなので、しっかりと家に鍵をかけておく。


「どれ、行きますか……」


 機材の入ったバッグ、彼女に借りた小説が入っている。

読み終わってから、ずっとバッグに入れっぱなしだ。

どうやって返そうか……。


 スタジオにつき、店に入る。


「おはようございます」

「お、きたな。今日もよろしくな」


 なんだか機嫌がいい。何かいいことでもあったのだろうか?


「今日撮影はあるんですか?」

「……予約はない。今日は先日撮ってきた喫茶店の写真を一緒に見ていこうか。ホームページの構成も決めたいし」

「おじさん、ホームページも造れるってすごいですよね。俺も早く覚えたいですよ」

「優一だったらすぐに覚えるさ。まー、昔取ったなんとかってやつだな。最近は昔と比べて簡単だよ。文章と写真、イラストを準備して、あとはネット上で何とかなる。昔はな──」


 おじさんの長話が始まる。まだインターネットがそこまで普及していなかった時代やスマホがなかった時代、おじさんの昔話は聞いていてちょっとためになる。

ホームページの作り方などもおじさんは俺に教えてくれる。

今の時代、何でもできた方が生きやすいらしい。俺も覚えて損はないと思ったのでたくさんの事を教わった。

しかも、この長い話を聞いている時間も時給は発生している。ありがとうございます。


 おじさんと一緒に写真を見ていく。なかなかうまく撮れていると自画自賛。

しかし、おじさんの目が怖い。ん? いつもこんな感じだっけ?


「優一、これで満足か?」

「満足、というと?」

「これでお客さんは満足でき、笑顔になると思うか?」


 なるんじゃないか? それにホームページ用の写真、そこまできれいな必要はないと思う。


「不合格ですか?」

「不合格、合格の判断はお客様がする。俺たちはいつでも最高の一枚を狙わないと。このカット、一枚しか撮ってないだろ?」

「はい」

「同じアングルでも何枚も撮れ。光の当て方を変えろ、ほんの少し位置をづらして何枚も撮れ」

「必要なんですか?」

「どんなページになるか、どんな写真が合うのか、お客さんはどんなイメージを持っているのか。俺たちはその期待に真剣勝負で挑まないといけない。優一もプロ目指してるんだろ? 軽い気持ちでカメラを握るな」

「はい……」


 それから写真一枚づつ見ていき、何度もありがたいお言葉をいただく。

普段はこんな口調で話さないし、こんな鋭い目をしない。これが、おじさんの本気の目なのか……。


「ん? この写真はなかなかいいな。彼女の表情がとても自然だ」

「表情?」


 俺は人を撮っていない、いったい何のことだ?

おじさんがまじまじ見ている写真は白石さんが映っており、手にケーキセットが乗っているトレイを持っていた。

そしてその表情。何かを見てびっくりしている。これは、あの時の……。


「優一、これは優一が撮ったのか?」

「多分、カメラをテーブルに置いたときにシャッターを……」


 完全に俺のミスだ。俺は、人を、白石さんを撮ってしまった。

なんてことだ、俺のせいで白石さんが……。


「いいじゃないか。彼女の顔、画面から飛び出てきそうじゃないか?」


 この時の彼女は俺を見てびっくりしていた。その時、たまたまシャッターが切れた。偶然だ、俺が撮った写真じゃない。


──ウィィィィィィン


「ほら、印刷してみた。レタッチなしだ。どうだ? 彼女、写真だけど生きているみたいじゃないか?」


 生きている。確かに彼女は生きている。でも、写真に写った彼女は、生き生きしている。

まるで、写真から飛び出しそうなくらい、何かを感じる写真だ。


「そうですね。何かわかりませんが、彼女には何かを感じます」

「優一、また撮ってみないか? きっと、大丈夫だ」

「そうかも、しれませんね。でも、これは俺の写真じゃない、偶然取れた産物です」

「では、追加の依頼だ。もう一度店に行って、昼間の外装と、内装を撮ってきてくれ。あと、メニューもこんな感じで──」


 おじさんからのオーダーが入る。今度の土曜の午前中、アポをとってもらった。

白石さんの家にまた行くのか、彼女に会わないといいけど……。

あの重い空気、できてしまった微妙な距離、どうやって直せばいいのか。

俺にはまったくわからない。


 おじさんが店内の壁にかかっている時計を眺めている。


「そろそろ来るかな。優一、コンビニで飲み物買ってきてくれ。三本」

「誰かくるんですか?」

「あぁ、そうだ。今回のホームページ作成の依頼者。少し打ち合わせだ」


 白石さんのお父さんが来るのか。


「わかりました。飲み物買ってきます」


 俺は少し離れたコンビニに歩いていき、頼まれた飲み物を買う。

同じものでいいか……。そういえば白石さんは紅茶が好きなんだよな、そんなことを思い出す。

この紅茶おいしいのかな? 普段は見ない缶紅茶のパッケージ。ちょっと買ってみるか。

特に指定されていないので、適当に買かってみことにした。


 彼女のいれてくれた紅茶、温かかった。

そんなことをふと思い出していた。


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