第6話 好き、なの……


 お湯を沸かし、ティーカップを二つ準備する。

自分の部屋に男子を入れたことは今まで一度もなかった。

でも、いまから大切な話をしなければならない。

人前ではできない、重要な話だ。


「お湯、沸いてるよ」


 ヤカンに入れた水はすでに沸騰しており、しばらくたっていたようだ。

隣に立っていたパパが少し心配そうな目で私を見ている。


「わかってる」

「大丈夫かい?」

「大丈夫」


 火を止め、沸騰したお湯をカップに注ぎ、カップを温める。

ポットには私のお気に入りの葉を入れ、紅茶をいれる準備をしておく。


「確かここに……」


 昨日作ったクッキーがあったはず。

本当は撮影にきたカメラマンの人に出す予定だったけど、広瀬君に出しても問題はない。

でも、まさか広瀬君が撮影に来るなんて……。

カウンターで彼を見たときはまさに青天の霹靂だった。


「広瀬君とは仲はいいのかい?」

「特に。隣の席になっただけ」

「そう。友達は大切にね」


 友達は大切に。言葉としては理解できる。

でも、友達って何だろう。私にはよくわからない。


「今日、少し帰りが遅かったけど、学校で何かあったのかい?」」

「雑誌を、先生に没収されて。その件で少し……」

「雑誌? 没収されるような本なのか?」

「ファッション誌。今日、持ち物検査で……」


 パパとの話を切り上げ、二人分の紅茶を準備しクッキーを小皿に分け部屋に戻る。


「おまたせ」


 彼はクッションに正座して真正面を見ている。


「は、はい! 待ってません!」


 何を緊張しているのだろうか。それとも、素はこんな感じなの?


「どうぞ」

「いただきます!」


 差し出した紅茶を手に取り、彼は口に運ぶ。

学校では何を考えているのか全く分からない彼。

昨日もホームルーム中に外を眺めていた。何か見えるのか気になって私も空を見てみたけど、ただ雲が流れているだけだった。


「ん、いい香りだね。さっきとは違う紅茶?」

「よくわかるわね。それは私の気に入っている茶葉。口にあうといいんだけど……」


 彼は一口飲み、クッキーに手を伸ばす。


「どっちもおいしいね。もしかして、これも白石さんが?」

「そう」

「すごいね。料理もできてお菓子も作れるなんて」

「これも写真撮っていく?」

「クッキーか……。撮ってもいいけど、メニューに載ってるの?」

「載ってないわよ」

「じゃぁ、やめた方がいい。ホームページを見たお客さんが勘違いするからな」

「そう……」


 べつに好きで作っているわけではない。

店の手伝い、そうすればパパが喜ぶと思ったから。


 でも、意外だった。カメラを手にし、撮影している彼の目は学校では見たことがない。

そう、彼は学校では絶対に見せないような表情を……。

今もホームページに載せる写真について、真剣に考えてくれている。


「それで、どうして俺を部屋に?」


 彼は無表情で私を見てくる。

さっきまで何か緊張していたみたいだけど、少しだ緊張がほぐれたように感じる。よかった。


「……あの、鞄に本が入ってなかった?」


 私は回りくどく話をするのが苦手。

言いたいことははっきりと言ってしまう、そんな性格が好きじゃなくなった。

でも、学校というところではクラスメイトと仲良くしなければならない。


 だから言葉を選んで必要最低限でその場を終わらせてしまう。

言葉よりも態度で行動することが多いのもその理由だ。


 彼は鞄から一冊の本を取り出し、私に手渡す。


「これ、白石さんの本だよね」

「……うん。放課後先生の所に行ったら、手元にないって……」

「俺の鞄に入れたままだったんだね。ごめん、持ってきてしまって」

「ううん、悪いのは先生。広瀬君は悪くないよ」

「でも、ちょっと意外だった。白石さんがこんな本を……」


 私は本音を隠してきた。

いつでもそう。学校で見せる私は本当の自分じゃない。

本当の自分は見せることができない。いや、見せてはいけない。


 私はいつも仮面をつけている。

学校ではみんなに受け入れてもらえるように微笑みの仮面を。

家ではおとなしくて、いい子を演じるいい子の仮面を。


 素の自分を出すのが怖い。でも、いつかは本当の自分を表に出したい。


「好き、なの……」


 見られてしまった以上、少しだけ本当のことを話さなければならない。

それで彼が私を笑うようなことがあれば、それでいい。二度と彼とは関わらないと決めよう。

たとえそうなったとしても特に気にすることはない。


 ただの、クラスメイトなのだから。

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