第5話 少しだけ時間もらえますか?


 エプロン姿のまま俺の目の前に立っている白石さん。

俺はこの後どうすればいいのだろうか……。


「広瀬さん、撮影が終わったらケーキと紅茶もどうぞ」


 気を使ってもらったのか、白石さんのお父さんから声を掛けられる。

この沈黙に俺はそろそろ耐えることができない。

アングルを変えながら、写真を撮る。仕事は本気で行わないとね。


 撮影も無事に終わるが、終始白石さんは俺の事を見ていた。

あの、そんなにみられると……。


「い、いただきます……」


 ケーキを口に入れる。お、これもなかなか……。

俺は終始無言で食べているが、白石さんはずっと俺を見ている。

そんなに凝視しないでください。そして、その無表情もやめていただけると助かります。


「この後の予定は?」


 白石さんが聞いてくる。


「特には。撮影が終わったら帰って、家からスタジオにデーターを送るだけだから」

「そう……。ちょっと待ってて」


 そう言い残すと彼女は席を立ち、カウンターの奥に消えていった。

時間にして二十分くらい、彼女は帰ってこなかった。

非常に気まずい、撮影も終わったし、食べるのも終わった。早々に退散しよう。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 軽く挨拶をし、持ち込んだ鞄に手をかけようとする。


「紅茶のお代わりをどうぞ」


 新しいティーカップに注がれた紅茶を白石さんは持ってきてくれた。なんだかとてもいい香りがする。

しかも、ちょっと高そうなカップに入っているし、こっちの方もいい写真が撮れそうな雰囲気だ。

これは、こっちの写真を撮ってほしいということか? まぁ、べつにいいか。

バッグからカメラを取り出し、何枚か撮影する。うん、いい感じだ。


 撮影している間も白石さんは表情を変えることなく、俺の事をじっと見ている。

なんで見られているんだ? もしかして、撮影しなかった方がいいのか?

気になったので聞いてみる。


「これは?」

「今回だけ。私から広瀬君に」

「飲んでもいいの?」

「どうぞ」


 紅茶を一口いただく。いい香りが漂い、のどにスーッと入ってくる感じだ。


「この紅茶おいしいですね」

「ダージリン。お口にあいましたか?」

「うん、とてもおいしいよ」


 素直な感想だ。


「よかった。昨日、紅茶を譲ってもらったでしょ? そのお礼」


 紅茶には、紅茶でか。


「ありがとう。とてもおいしいよ。毎日飲みたいくらいだ」

「そ、そう……。そう言ってもらえると……」


 相変わらず無表情の白石さん。でも、少し照れているのかな?

学校ではいつでも笑顔だけど、こんな表情も見せるんだといつもと違う彼女を見た気がする。

もしかしたら学校外だとこんな感じなのが普通なのかもしれない。

そんな気がする。


「んー、このケーキもおいしかった。どこで売ってるケーキなんだろ……」

「えっと、仕入れじゃないの。そのケーキは私が……」


 まじか。素直にすごいと思ってしまう。

俺がどう頑張っても絶対に作り出すことのできないこの芸術品。


「すごいな……。こんなケーキが作れて、紅茶もおいしく入れることができる。うらやましい……」

「そうでもないよ。あ、あの……」


 俺が食べ終わるまでずっと待っていた白石さん。

まだ何か話があるのかな?


「こ、このあと時間、少しだけ時間もらえますか?」

「別に、少しだけならいいけど?」

「ちょっと待っててもらえる?」


 そう話すと、彼女はマスターの所に行き何かを話している。


「パパ、撮影が終わったら広瀬君を借りてもいいかな」

「撮影はもう終わっているからいつでもいいよ。何かあるのかい?」

「ちょっと、勉強の所で聞きたいことが。私の部屋でいい?」

「構わないが?」


 勉強? 白石さんは俺よりも成績上位者だし、俺が教える事なんて何もないだろ?


「パパに許可をもらったわ、行きましょう。鞄、絶対に忘れないでね」


 そうですね。色々と機材が入っているので置きっぱなしは良くないですね。


「大丈夫。相棒を忘れたりはしない」


 白石さんに案内され、店内の隅にある扉から隣の部屋に移動する。

ほぅ、店の裏側はこうなっているのか。


「どうぞ」


 スリッパを出され、履き替える。

そのまま階段を上がっていく白石さんの後を追い、ふと視線を上げる。

おぉぉ、ダメだダメだ! 視線を上げてはいけません!


 部屋に案内されるまで無心を心かける。

そして、到着したか彼女の部屋。淡いブルーのカーテンに、ピンクの布団。

床にはハートの形をしたモフモフのラグがあり、女の子らしい部屋だった。


 白石さんの部屋はモノトーン調で、殺風景な部屋だと勝手に想像してしまっていた。

しかも、なんだかいい匂いがして、こころなしか心拍数が高くなる。

俺、女子の部屋に入ったことなんて一回もない! ど、どうしたらいいんだ!


『どうもしなくいていい!』と、突っ込みを自分自身に入れる。


「お茶もってくるね。その辺に座ってて」

「はい!」


 大きめの声でハキハキと返事をする。

部屋を出ていった彼女、俺は一人部屋に取り残された。

視線をどうすればいいのかわからない。

呼吸だ、呼吸を忘れるな。

深く、深く息をして、呼吸を整えるんだ!

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