第7話 悪魔のコスプレ


「好き、なの」


 突然彼女に告白された。

男、広瀬優一は彼女の想いにこたえなければならない。

まさか、あの白石さんが俺に告白してくるなんて……。


「コスプレするのが、好きなの」


 勘違いだった。

そうですよね、こんなどこにでもいそうな普通の男が、あの『微笑みの天使』様から告白されるなんて事が、あるはずがないですよね。

おもいあがって申し訳ありませんでした。でも、その姿で『好きです』とか言われたら、俺の精神力はゼロになります。


「そう、なんだ」

「以外でしょ?」


 彼女に本を渡し、少しだけ空気が重くなる。


「意外だね。でも、趣味なんて人それぞれだし、別にいいんじゃない?」


 それは本音。趣味なんて人それぞれ。

好きなことを好きなようににしたらしいさ。俺だって写真撮るの好きだけど、万人に受け入れられるってわけじゃないし。

特に俺の場合は……。


「そう。そうなんだ……」


 彼女は一言、そう話すとしばらく黙り込んでしまった。

静寂のヴェールが俺たちを包み込む。な、何か話した方がいいのかな?


「え、えっと。なんでその雑誌を学校に?」

「──ってる、から」


 よく聞き取れなかった。


「ごめん、良く聞こえなかった?」

「載ってるの……」

「何が?」

「私が……。今日発売だったの。どうしても見たくて、朝コンビニで買ったの」

「白石さんが載ってるの?」


 まさかとは思うけど、表紙とか飾っていませんよね?


「うん。小さいけど、担当の人から連絡があって……。まだ私も見ていないんだけどね」

「そっか。でも、雑誌に載るなんてすごいじゃないか。俺なんてどんなに頑張っても、載ったことなんか一回もないよ」


 写真のコンテストは結構開催されている。

毎回過去に撮った写真や、テーマに沿った写真を送ってはいるが入選はおろか、名前が載ったことは一度もない。

素直に白石さんの事を尊敬してしまう。


「たまたまね、たまたまなの……」

「そっか。でも、すごいことだね、おめでとう」


 白石さんは少し迷ったような口調で俺に問いかける。


「ありがとう。あのね、良かったら見てもらえないかな?」

「見てもいいの?」

「感想を聞かせてもらいたいの」

「別にいいけど?」


 彼女は雑誌をめくりながら、自分が載っているページを探している。

凄いな、形はどうあれ月刊誌に載るなんて。俺もいつか載ってみたい。そんな事を考えていた。


「ここ。このページの左下」


 彼女に渡された雑誌を改めて見る。

そのページはそれぞれ、何かのコスプレをした人たちが、好きなように写真を撮っている。

大きな剣をもった戦士や何かのアニメキャラ。どこかで見たような魔法少女。

あ、このキャラ知ってる。アニメしか見てなかったけど、こうしてリアルな姿で見るとなかなか面白い。


 というか、みんなすごい。忠実に再現されたキャラ。

しかも、みんな真剣な目をしている。遊びではなく、本気でやっているんだ。

その熱意は素人の俺にもわかるくらいだ。


 しかし、当の本人が全く分からない。

左下と言っても何人かいるしな。


「あのさ、白石さんの名前ないけど? どれ?」


 素直に聞いてみる。みんなコスプレしているので、どれが白石さんなのか全くわからない。


「白石の名前じゃないよ、流石に本名は出さないよ。えっと、『来夢(らいむ)』って名前、ないかな?」

「らいむ?」

「漢字で『来る』に『夢』で来夢(らいむ)って読むの」

「来夢さん、ね……」


 彼女には言えないが、中二病的なネーミングセンス。

でも、他のレイヤーさん達も似たり寄ったりの名前。それがこの世界では普通なのか。


 あ、いた。来夢さん。んー、これは自宅で撮った写真?


「あのさ、これって何? なんのキャラ?」

「だよね。普通わからないよね。それはアニメのキャラで、最近はスマホのゲームにもなってるの」


 それも以外。コスもそうだけど、白石さんはアニメを見たりゲームとがやらない人だと勝手に思っていた。

彼女の事、何も知らないんだな。


「そうなんだ。これって悪魔?」

「そう。悪魔のコスプレ。その悪魔は──」


 この後、彼女の話はしばらく止まらなかった。

途中、何を話しているのかが理解できなく、ただうなづくだけのシーンもチラホラ。

これが、熱意か……。


「──で、私はこの悪魔、もとい人間界で頑張っている彼女を推しているの。わかった?」


 正直よくわからない。

でも、彼女が言いたいことはなんとなくわかった。


「あー、要は人間界で暮らしたい悪魔とか天使が通う学校があって、その生徒の一人がこの子って事?」

「そう。すごい努力家で、困難にも立ち向かって、それで人間にも優しい。アニメを見たときにすごく共感できたの」

「そ、そうなんだ……」

「変、だよね。こんな一人で熱中して、誰にも言わないで、コスプレとかしちゃって……。おかしいでしょ?」


 おかしいのか? おかしくないよな?


「別に。おかしいところなんて何もないだろ? 逆に聞くけど、それっておかしいと思っているのか? 好きなんだろ? その子」

「真凛(まりん)ちゃん、この子は真凛ちゃんっていうの」

「そ、そうなんだ。真凛ちゃんが好きなことって、おかしくもないし、白石さんが好きならそれでいいんじゃないか?」

「そう、思う? 変じゃないかな?」

「変じゃないよ。俺だって好きなキャラとかいるし」


 昔のアニメだけどな。


「そっか、そうだよね。その真凛ちゃんと同じようになりたいって思って、思い切ってコスしてみたんだ」


それって、『すごい努力家で、困難にも立ち向かって、それで人間にも優しい』って事?

でも、現実の白石さんは努力家だし、優しいし、どういう意味なんだ?

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