第十四話「代理(サブスタチュート)」

結局、生徒会の仕事はハルジオンの協力もあったが、全体の5分の1ほどしか終わらすことができずに後日に回すことになってしまった。まあ、当たり前だが今日中に終わりとはみてなかったし、別日に回す見込みではあったから順当とみるべきかな。他の生徒会メンバーは後片付けをした後、各々下校していった。今、生徒会室に残っているのは僕とハルジオンだけだが…先ほど彼女には冷たい対応をしてしまったせいか、お互いにギクシャクしている状態。作業中の会話も相手が投げたボールをキャッチして終わりという形であまりにも空気が悪かったので、キャッチボールを成立させるべく、彼女が語っていた人物についての話を投げることにした。


「ハルジオンさ、さっき言っていた『上田くん』ってどんな奴だった?」


「上田善太郎はとても気さくでユニークな方で優しく仲間想いでしたのよ。それから・・・」


「ザンドラで私の姉、かおりを助けてくれたのですよね。そのお方は。」


「!?」


僕とハルジオンとの会話に突然割り込んできた女の子がいた。みんな下校したと思っていたが、どうやらその子一人だけはまだ残っていたらしい。いや、残っていたという言い方もおかしい。その子は生徒会のメンバーでもなければ、この学校の生徒でもない。着ている制服も他校のものであろう。それに加えて彼女は『ザンドラ』を知っている…ってことは影喰!?それが頭を過ぎった瞬間、一気に緊張が高まった。


「すいません、申し遅れました。私は坂湊かおりの妹、しおりです。…善太郎さんの存在記録はすでに抹消されているようですね…受け入れ難いです。」


・・・『上田善太郎の存在記録は抹消されている?』ってことは、彼もやっぱり影喰だったってことだろう。

『存在記録が抹消されたら誰の記憶にも残らなくなる』

このルールは僕も影喰なので当然知っている。つまるところ…上田善太郎という影喰はザンドラで戦死した。それ故、僕の記憶からアンインストールされている。・・・僕はそいつがどんな奴なのか全く分からないので、やっぱり実感が湧かないがそれが事実のようだ。しかしそこで疑問が浮かぶ。その疑問を僕が口に出す前にハルジオンが先に言い放った。


「・・・あなた、なぜ消滅した影喰の存在を知っているのですか?…いいえ、まずそれ以前にあなたは影喰ですらないはずです。それなのになぜ『ザンドラ』の世界もご存知なのですか!?」


「おっしゃる通り、私は影喰ではありません。武影器も持っていません。…私は異世界のかおりと繋がる、単なるネイバーに過ぎない存在…かおりのレプリカなのです。」


「質問の答えになってませんわよ。もう一度伺います。消滅した影喰の存在と異世界ザンドラをあなたはなぜ知っているのですか?…場合によっては敵勢力とみなします!」


「…ネイバーはプライマリーから伝達された情報をテーブルに記憶する役割を持ちます。当然プライマリーが死んだという情報が流れてきたらテーブルを更新しなければいけません。矛盾が生じてしまうからです。…ではもし、生きているという情報と死んでいるという情報を同値で扱った場合どうでしょう?・・・真実を知っているのはネイバーだけで良いのです。それよりも外の存在に内の真実を知られる必要はないのですから。」


坂湊さんは寂しげな表情をしながら生徒会室の窓の手すりに右手を乗せて、遠くの景色を見つめながら語ってくれた。とても姉想いの良い子なのだと察する。その姉を助けてくれた上田善太郎という存在にも感謝をしているのだろう。…でも先ほどの言い方だと、まるで姉もすでに死んでいるような言いよう・・・まさか…


「…後はプライマリーが死んだ今、当然その役割をセカンダリーが担わなければいけません。ツリーを再計算してその構成を変更すれば、しおりはかおりとして意志を継げます。」


「それって・・・あなた!?」


「私はしおりの名を捨て、かおりとして影喰になります。・・・姉が私に残し、託してくれた記憶を持ってあの戦場に参戦します。異世界の機関を壊滅させるために…」


「ダメだ!!ダメだよ…そんなの。あんな惨い世界、自ら選んでいくようなとこじゃない。坂湊さんのお姉さんもキミが自分の名前を捨ててまで、あの世界で殺し合いをすることを望んでないと思うよ。それに…仮にキミが死んでしまったら、二人とも存在が消滅してしまう。今の僕みたいに、もう誰からも認知されなくなってしまうんだよ!!」


「ウフフ、やっぱり善太郎さんの親友さん。優しいのですね。でも、かおりとはすでに決めていたことなのです。命を救ってくれたかおりのために、このしおりの命を使いたい…私はかおりの記憶器官とネゴシエーションすることにしました。もちろん最初は猛反対されましたけれど、最後はため息をつきながらも受け入れてくれました。だから・・・いいのですよ、これで…

・・・ハルジオンさん。あなたも守りたい大切なモノの支えになってあげてくださいね。そのお話がしたくて今日訪れたのでした。」


「・・・・・・」


話を終えると坂湊さんは生徒会室の扉を開け、僕らの方に柔らかく温かな笑みを見せた後、その場を立ち去っていった。・・・止められなかった。悲しみ苦しむ犠牲者をこれ以上増やしたくはなかった。僕の本音はそれだ。しかしそれは彼女もおそらく考えは一緒であろう。そして僕の中から消えた友人の男も…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影喰 夕暮れ時雨 @yougreat_shegreat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ