第十三話「忘却(オブリビオン)」

紫音さんの転移魔法で安全な場所にテレポートして難を逃れることができた。その後のことはあんまりよく覚えてはいないが、僕はただただ呆然とその場に立ち尽くしていた…空を見上げ、わけもなく涙を流しながら。あの大鎌の女に微塵も抵抗することができなかったのが相当悔しかったらしい。そしてザンドラでの殺し合い終了の鈴が鳴り、今こうやって現実世界に戻ってきて、学生としていつも通り授業を受けている。

今日は生徒会の仕事が普段より多め。僕含め生徒会のメンバーだけで終わらすには結構時間がかかる。はあ…こんな時にバリバリに作業をこなせる助っ人がいてくれたらなあ。僕の知り合いにそんなヤツいないし…仕方ない。


「…うと、村島勇人!聞こえていますの?」


「ん?えっ、あ!ご、ごめんハルジオン。ちょっと考え事してて…」


「あと少しで数学の授業が始まりますわよ、教材の準備を。」


「う、うん分かった。すぐに準備すr・・・」


(・・・ったく、お前らしくな・・・)


「・・・!?」


僕は何故だか反射的に左隣のデスクを振り向いていた。今日は左隣の藤田さんは病欠で休みだ。誰もいないし何も乗っていないデスクを見ても意味はないだろう・・・今のは何?単なる空耳か幻聴?…影喰になってから死にかける場面を何回か経験しているので、おぞましい。そんなあたふたとしている僕を見ていたハルジオンは心境を読み取れない複雑な表情をしているし。


「は、ハルジオンごめん。今日は何だか疲れているのかもね、僕。この前の戦闘が結構体にきてるのかも…」


「・・・・・・村島勇人、無理はなさらずに。・・・この先も多くの悲愴や惜別に苦しめられると思いますけれど、この私がそばに付いていますから・・・貴方だけは…絶対に…」


「???…そ、そうだね。ありがとう、ハルジオン!」


ほんの一瞬だけだが、ハルジオンが何だか浮かない悲しそうな顔をしているように見えた。それ故、僕は上手く紡ぐ言葉が思いつかずに変な感じの返答になってしまった。彼女は僕の心配をしてくれているが、逆に僕は彼女の方が心配になってくる。あの大鎌の女との戦いで影喰の僕を死の危機に晒してしまったことを悔いているのだろうか?…いやでも、それは戦闘能力のない僕が悪いだけでハルジオンは全然悪くはないのだけれど・・・

色々とバタバタとしている間に数学の担当講師が教室に入ってきた。・・・しまった!教材の準備まだしてなかった。やべっ!と思いながら迅速に準備に取り掛かる僕であった。





帰りのHRが終わった放課後は速攻で生徒会室へと向かう。嬉しいことにハルジオンも手伝ってくれるとのことだったから、なんとかいい感じに作業は捗りそうではある。ってか、この僕は今の今までどうやってこの量の仕事をこなしていたのだろうか。流石に毎日多いってわけではないんだけれど。一応、昼休み時間に軽く生徒会用のPCで作業履歴を見たら、今回と同じ量がひと月に一回ぐらいやってくる頻度…しかもそれを僅か1日で終わらせているという異常っぷり。・・・記憶にないけれど、ちょっと前の自分は死ぬほど頑張っていたようだ。

過去の自分に若干自惚れている間に生徒会室前の廊下まで歩を進めていた。


「ハルジオン、この廊下の先が生徒会室・・・」


(・・・う違う!!俺がお前に聞きたいのは『影喰』ってやつのこt・・・)

(・・・りがとう、私を守ってくれて…けれど・・・)

(・・・う、お友達と一緒に逝きn・・・)

(・・・がこんな弱すぎるせいで・・・死んじゃいましt・・・)


また、幻聴が聞こえ始めた。いや、それだけではなく今度は薄暗い靄がかかった状態で『黒い存在』が走馬灯のように、現れては切り替わっていく。微笑を浮かべ…冷酷を漂わせ…最後は泣いている。・・・何なんだろう…身に覚えが全くないのに、僕はその薄暗い一つ一つのシーンを知っている気がする…いやでも、分からない。それが何を意味するのかを。

謎の幻覚と幻聴で頭が痛くなり、気持ちも悪くなってくる。右手で額を押さえ、俯いて目を瞑って襲いかかってくる悪夢に抵抗する・・・誰なんだよ、一体。誰がこの僕を苦しめようとしているんだ!もう十分残酷な現実を味わっているじゃないか。それともまだ、僕の知らない苦しみがあるということなのか…冗談じゃない。ふざけるのも大概にしてくれ。


「・・・村島勇人。・・・・・・あなたは『上田善太郎』という存在を知っていますか?」


「だ、誰だよそれ?…もしかして、そいつがこの僕を苦しめようとしているの?」


「・・・・・・『上田善太郎』はあなたと同じクラスの学生で、あなたの一番傍にいた方ですのよ。」


ハルジオンは一体何を言っているんだ?僕はそんな奴の名前も顔も知らない。そもそもクラス名簿にそいつの名前なんてない。増して僕は生徒会長だから、生徒会の業務の中でこの学校の学生の名前は大体目にしている。今までだって、僕一人で孤軍奮闘しながら精一杯やってきた。今回のような生徒会の激務だってどうにか乗り切ってきたんだ。僕と生徒会メンバーの力で。



「その『上田善太郎』って人は僕の味方だったの?敵じゃないわけ?」


「村島勇人、上田善太郎はあなたの友人で彼も影喰だったのですわよ。」


「・・・『だった』って今は影喰じゃないわけ?」


「・・・・・・」


「…ハルジオン、悪いけど僕はキミが言っていることが理解できないし、信用したいと思っていても受け入れられない。・・・キミは何を知っているの?影喰の一人である僕になんでそこまで入り浸かるの?…キミは一体何者なの?」


「・・・」


「…ご、ごめん。意図は分からないけれど、ハルジオンは僕のためを思って言ってくれているんだよね。武影器のキミを疑ってごめん…」


思えば、ハルジオンは今日一日ずっと浮かない顔をしていた。そんな彼女につい感情的に当たってしまったことを悔いる。影喰と武影器は一心同体。それを教えてくれたのは彼女だ。大鎌の女に殺されかけた時も彼女は僕を見捨てなかった。影喰が武影器を信頼できずにどうする!

暫し、気持ちを落ち着かせないといけないな…

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