第九話「小心(カワーディス)」

以前この世界に来たときと同様、実世界の音が消えて辺りは静寂。薄暗くて空気も重く、道行く人や周りの建物もシルエット化が完了している。隣にいたハルジオンも美麗な少女から精巧な剣へと姿が変わっていた。大型書店からそれなりに離れたところまで歩いてきていたので、紫音さんは不在。他の影喰の気配は今のところしないが、360度どこからでも奇襲されることもあり得るから警戒は怠れない。紫音さんと合流できるまで…いや最悪、合流できない可能性もあるので、僕一人で何とかしなければならない状況。ハルジオンを握る手にも力が入る。

…とりあえず、さっきいた大型書店を目指そう。紫音さんの安否が気になるし、何より彼女がいないとやはり僕は不安と恐怖に押し潰されそうだ。・・・行こう!

僕はハルジオンを構えて前後、左右、上空とあらゆる方向に注意を払い、最大限の警戒をしながら歩を進めた。少し先の喫茶店辺りまで来た時だろうか…こちらに何か飛んでくる!?咄嗟に身を引き、それを回避した。飛んできたものはダガー。小型なのでおそらく一対で使うものだろう。その片割れが僕のすぐ近くの足元で突き刺さっていた。・・・もしかして、以前のザンドラで最初に見た少女のものか?周りを必死に見渡したが影喰の姿は見えない。


(村島勇人、その武影器はあの先の曲がり角から飛んできたものですの。そこで二名の影喰同士が闘っていて、おそらくはその勢いでこちらに飛んできたのですわ。あと、その近くにもう一名影喰がいますわよ。)


「この近くに三人も!?・・・」


どうやら飛んできたダガーは僕を狙ってではなかったらしい。だが、影喰が三人も。・・・どうする?

緊張が先ほど以上に昂る。体中の温度も上がり、手汗も出始めた。あの飛んできたダガーは本当にあの少女のものなのか?だとしたら、また誰かと殺し合っている?…もう一人の影喰は何なんだ?奇襲攻撃を仕掛けて一挙両得を狙っているのか?…いや、もしかしたら紫音さんがもうこの周辺にいるのかも?・・・様々な考えがよぎり、正解が知りたくなる。僕も影喰だから逃げてばかりではいけない。

気がついたら、僕は恐る恐る殺し合い現場に足を向かわせていた。…何か話している?気づかれないように建物に身を隠しながらそれに耳を澄ませる。


「大したことないな。ありがとよ、私の暇潰し相手になってもらって。」


「私はまだアンタに負けたわけじゃない!・・・やっと尻尾を掴んだんだ…このくだらない世界を終わらせるための。それまでに私は多くの犠牲を出してきた。あの長槍の男だって、私の手で…」


「随分と強気ね。この期に及んで私に勝てるとでも?」


殺し合いをしていたのは、以前会った大鎌の女とツインダガーの少女だった。大鎌の女は余裕綽々の表情で武影器である大鎌の柄を右肩に担いで立っている。他方でツインダガーの少女の体はボロボロな上、血だらけで呼吸も荒い。傷口を左手で押さえながらも右手でダガーの片割れを握っている。見た感じではツインダガーの少女の方が圧倒的に不利な状況なのが分かる。たしか紫音さんも言っていた。『あの影喰は格が違う』と。その時の紫音さんの表情が強張っていたのを思い出す。・・・ここで彼女に見つかったら最後、僕なら確実に殺される。絶対に見つからないようにしなきゃ!


「…もういい加減やめたら?影喰のふりをするの。…アンタ、この世界を運営する『機関』の役人でしょ!・・・異常なまでの影魂(シャドーソウル)。チートレベルのパラメータ値。被ダメージを上回る自然回復能力。…改竄した能力で影喰だと偽って、多くの影喰を意味もなく殺していった。私は探すに探した。それが見つかるまでは自分が消えるわけにはいかなかった。そして今日、ようやくこの世界の関係者を見つけた。そう、アンタを!…私は負けるわけにはいかない。アンタを倒す!!そしてアンタ以外の『機関』の役人も全員消してやる!!」


「・・・アハハハハハ!面白い子だな。仮にその話が正しかったとしても、そんな短刀一本のボロボロ体の君が生きられる保証はどこにもないんだが…」


「…アンタの目的はなんなの?能力値を改竄したり、影喰を不用意に虐殺なんて繰り返してたら、実世界と異世界のバランスが崩れて世界の境界がなくなるじゃない。・・・まさか…アンタそれが目的!?」


「チッ!くだらん邪推ばっかりしやがって。いいだろう、君が死ぬ前に教えてやるよ。…私は実世界が大嫌いだった。酔っ払いの父親、男遊びばかりする母親、限度を知らないイジメをしてくるクラスメートたち、相談しても形だけの対応をする社会。こんな世界に居場所なんてなかった。しかし影喰に選ばれ、ザンドラに来て私は変わった。自身の武器を召喚できる。技・魔法が使える。移動速度を上げたり、高くジャンプできたりと能力強化もできる。ここはイメージが力になり、私の理想を作り出せる世界だった。この世界で他の影喰を多く喰らってきた。その過程で殺される前の影喰が『私を恐れている姿』『私に赦しを乞うている姿』これが最高にたまらなかった。異世界にこそ私の居場所はあったのだ。でも、現実は残酷。結局、夢が覚めたら実世界での生活に戻らなければいけない。私がどれだけ異世界で命を賭して闘っていても実世界では誰も褒めてはくれない。それで思ったの。

『実世界の憎いヤツらに私の存在意義を分からせてやりたい』とね!

それを実現するためには二つの世界境界をぶっ壊す以外ねーんだよ!!そのために私は『機関』に属したのだから。」


「・・・勝手すぎるわ!そんなことしたら実世界で生活する人間も影喰の殺し合いに巻き込まれてしまう。それにこちらの世界法則を実世界に持ち込むことになり、法も秩序もない何でもありの世界になってしまうわ。そんな世界、狂ってるわよ!」


「うるさい黙れ!!…もういいだろう、『デッドクレセント』の餌になれ。」


大鎌の女は右肩に担いでいた大鎌を降ろして両手で握り構えた。・・・いいのか?僕はこのまま彼女を見殺しにして…本当にいいのか?あの会話を横耳で聞いていて、僕はツインダガーの少女の意見に同意だった。あっちの世界で平穏な日々を過ごしていたはずなのに突然、望んでもいないのにこっちの世界に放り込まれて、殺し合いをさせられて…他者を喰らわないでいると時間経過の侵食で自分が死んでしまう。影喰として死んでしまうと存在自体が消える…そんな理不尽なルール付きのゲームなんて終わらせるべきだ。今ここで彼女と手を取り合って共に闘うのが理想の選択かもしれない。

でも僕の体はその気持ちとは逆の選択をしたがる。…怖い。死にたくない。消えたくない。誰も殺めたくはない。それが本音だから…結局、僕の足はその場から動くことはなかった。

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