第八話「再戦(リマッチ)」

ここ二週間あたりはザンドラへの招集も無く、いつも通りの何気ない日常を過ごしていた。これだけ期間が空くと、あの世界での出来事はただの悪夢だったのではないかと思いたくなる。しかし、自分の影が不釣り合いなのを見る度に現実だと分からされてしまう。…次の召集があった時に僕はまた生き残れることができるのだろうか?せめて、紫音さんの足手まといにならないようにしなきゃ!紫音さんもずっと僕を守りながら闘えるわけじゃないんだし、自分の身は自分で守らないとな!僕はいつ訪れるか分からない恐怖の鈴の音に対して、自身を奮い立たせるよう戒めた。

今日は日曜日で学校が休みだというのに、こんなジメジメしたことばかり考えていては気分が悪い。それだから最近できたばかりの大型書店で気分転換しようとここに来たのに…全く、僕は何をやっているんだ。


「あら、勇人君じゃない!来てたんだ。」


「し、紫音さん!?…どうしてここに?」


「臨時のお手伝いさんで本の整理とフロア清掃を頼まれてね。できたばかりの大きい書店だから、物珍しさもあって興味もあったから引き受けちゃったの。」


偶然、紫音さんとかち合った。彼女と会うのは最初のザンドラ召集の時以来だというわけではなく、今日までにもう2、3回くらいは会ってはいる。しかし、こうやって出掛け先で会うのは初めてだ。実世界でもザンドラでも働き者な人で本当に感心する。彼女のその頑張りが周りからの評価に繋がり、大きな信頼を得ているからお仕事も引っ張りだこな感じなんだろう。僕も見習わなければと毎回思う。・・・ん?ふと視線を奥の本棚の方にやると、容姿端麗な女の子が立ち読みをしていた。僕はその子を知っていたので、近づいて声をかけた。


「ハルジオン!?ここで何やってるの?」


「あら、村島勇人。何をやっているって…ご覧の通り、読書ですわよ。こちらの『聖書』の内容で万物の生誕には創造者が関わっているという部分が実に興味深くてですね、ひょっとしたら私の生い立ちも分かるのではないかと読み進めているところですわ。」


偶然の偶然でハルジオンとも遭遇してしまった。見た目にも似合った知的で難しそうな本を読んでいるのが何とも…まあ、武影器っぽいっちゃ武影器っぽいんだろうな。なんだかハルジオンも実世界の生活に随分と馴染んでいる気がするけど、実世界にいる武影器たちはみんなこんな感じなのかね。影喰たちもほとんどがその身を隠して生活しているだろうから似たようなものか。そう考えると実世界には異世界を行き来できる人が何人かは隠れ住んでいるけれど、実世界オンリーの人たちは誰もその事実を知らずに生活している事になるな。おそらく、彼らがそれを知ってしまうと矛盾が生じて世界の境界がねじれてしまうのだろうか。一触即発の環境で僕らは生きていると実感して怖くもなる。


「なになに、勇人君の彼女?…す、凄い美人さんじゃない!勇人君、男前になったわね。」


「もう、紫音さんまで善太郎みたいなこと言って…僕の武影器ハルジオンですよ!」


「あっ、彼女が。そっか、仮の姿であれなのね。…でも、何であんな美人さんにしたんだろうね?ほとんどの武影器は実世界ではもっと地味で目立たないような姿にしたがるものなのだけれど…」


「それは、私が村島勇人を愛しているからです。村島勇人に私のこの想いを知ってもらいたくて、それが抑えきれなくて…」


「・・・ウフフフ。勇人君、武影器に凄く愛されているのね。ここまで影喰に思い入れのある武影器って珍しいわよ。ハルジオンさん、勇人君が困った時に彼を支えてあげてね。男の子はそういうところに弱いのよ!」


「・・・ハルジオン、紫音さん…」


僕はもう恥ずかし過ぎて、二人の顔を直視できない。ハルジオンの愛情表現がいちいちド直球すぎる。こういう時の紫音さんも年下の僕に吹っかけてからかう人だからリアクションに困る。でも、ザンドラで接していた時の二人よりも心にゆとりを持てて、どちらかと言えば楽しくはある。ハルジオンは口角を上げて嬉しそうな表情をしていて、紫音さんはニコニコ笑顔で楽しそうな表情をしている。僕たちが影喰や武影器などではなかったら、どれほどこの幸せな時間を噛み締めることができただろうか。…運命とは残酷なものである。





大型書店に来たものの結局、僕は何も買わなかった。そもそも、散歩と目の保養で気分転換したかったのが目的だったし。隣にはハルジオンもいて、彼女も僕と一緒の帰り道を歩いている。紫音さんはまだ大型書店で仕事中だが、もう少しで終わりそうとは言っていた。今日は二人にも会えて話もできたから多少は外出した価値はあったかもしれない。…いや、色恋話で逆に疲れた部分もあったから実際はプラマイゼロかもね。

それはそうと・・・道行く男性の視線が事あるごとにこちらの方に向けられる。正確に言えばハルジオンの方にだが。傍から見たら、僕らがデートしているように見えるのだろうか。


「村島勇人、気配を感じますわね…」


「それは周りの男の人たちがジロジロとハルジオンを見てるからね。」


「そうではないですわ。・・・召集が来ますわよ!」


「えっ!?」


(チリーン♪チリーン♪チリーン♪)


あの鈴の音が鳴った。なんでこのタイミングで?今までの平穏を壊すように惨い現実が返ってきた。影喰に拒否権などない。召集の合図が鳴ったら例外なく影喰はザンドラに送り込まれる。周りの景色も以前と同じように徐々にシルエット化していく。僕自身もまたこの世界に来るであろうことは覚悟していた。そして、他者の影を喰らわなければ自身が消えることも。しかし、いざこうやって恐怖が訪れると足が竦み、戦いてしまう。それでもこの世界では闘わなければ生き残れない。・・・再びゲームスタートだ!

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