第十話「戦友(コムラッズ)」

「…悪く思うなよ、じゃあな。」


大鎌の女が高速でツインダガーの少女との間合いを詰め、両手に握っている大鎌を大きく振りかぶった。少女の方は傷だらけの体で動きが鈍い…マズイ!あの分だと攻撃を避けることも防ぐこともできない。・・・自身が死ぬと分かっていても僕は彼女の手を取るべきだったのだろうか?いや、あのツインダガーの少女も必ずしも僕と共闘することを望んでいるとは限らない。仮に考えが同じで共闘できたとしても状況によっては利用され、無情に切り捨てられることもあるわけだ。…言い訳がましい自分本意な考えかもしれないが、そうやって自分に言い聞かせて自己肯定しないと僕は彼女に対する自身の冷酷さに一生苦しむことになる。

…僕の判断は間違っていないはず。そう思い込む以外ないのだ。

・・・目の前の彼女はもう…

自己肯定するのに囚われている僕が死にゆく彼女から目を逸らし気味になっていた時だった。瞬間だけだが、あの二人の場所に人影らしきものが乱入してきたように見えた。視線をしっかりその場所に移す。…一人の男が薙刀で大鎌のスイングを受け止めていた。


「やめろよ!なんでこんなことを…女の子血だらけじゃないかよ。何か声が聞こえるからと近づけばこんなことになっているなんて…傷ついている女の子いるのに見過ごせねーだろ!」


僕はその姿と声を見聞きして、自身の脳を疑った。

『…なんで、ザンドラに善太郎がいるんだ!?』

数十秒してからようやく状況が整理できた。善太郎も影喰に選ばれていたんだと。二週間くらい前に彼が僕に相談を持ちかけてきた日のことを思い出した。あの日の彼は明らかに変な感じがしていた。根拠があったわけではないが、長い付き合いからの勘といったものだろうか。善太郎はフェイクをかけながらも影喰である僕から情報を引き出そうとしていたんだと分かるのに時間は掛からなかった。


「おやおや、餌がもう一匹増えたか。…弱っている女の子を庇うとはいい男だね〜。もし私が実世界で君みたいないい男に庇われていたら、惚れちゃってたかも。」


鍔迫り合いをしていた大鎌の女は一旦身を引き、手にした大鎌を逆手に握り変えて左手で柄の先を地面に突き刺した。次いで右手を開いて上にあげ、詠唱をし始めると地面、空間に魔法陣が現れた。・・・ヤバいやつが来る!!僕はそう直感した。

このままだと彼女だけでなく善太郎も死んでしまう。…善太郎はおそらく僕と同じく影喰に選ばれてから間もない立場であろう。だけれども、自身も恐怖に晒されながらも傷ついている人を見過ごさなかった。紫音さんだってそうだ。不安な表情はほとんど表に出さず、明るく気丈に振る舞っている。…僕は本当に情けなく臆病だ。あのツインダガーの少女を見殺しにして自分を正当化し、保身に走ろうとしていたのだから。覚悟は決めていたはず、それなのにこの体たらく。

・・・強くならなきゃ!臆するだけでは何も救えない、そして何も変わらない!


「善太郎!危ない!!」


「さようなら…『スターライトレイ』!!」


僕は殺し合い現場に飛び出していた。ハルジオンを右手に持ち、善太郎に近づいていく。と同時に向こう方から無数の光の矢がこちらに飛んできた。攻撃を避けられる見込みもなければ、ハルジオンで応戦できる見込みも全くない。けれど、『大切な友人を守りたい、救いたい』その一心でこの戦場に飛び出てきた。ここで参戦しないで見殺しにしてしまったら、僕は絶対自分が許せなくなる。同じ悔いる結果が待っていたとしても、挑戦しないで散るよりも挑戦して散る方がましだから。

数秒と待たないうちに光の矢は僕らの眼前まで来ていた…と、ツインダガーの少女が僕らと光の矢の間に割って入ってきた。


「『ウインドバリアー』!!・・・ありがとう、私を守ってくれて…けれど、もう…」


少女の張った魔法障壁に複数の光の矢が集まっていき、順々に突き刺さっていく。しかし、矢の数が多すぎる。やがて光の矢は魔法障壁を突き破り、溢れた分の矢が彼女に次々と刺さっていった。矢の雨は治まり、僕と善太郎は無事だった…けれども彼女は・・・複数の光の矢が突き刺さった少女は地面に倒れた。辺りには夥しい量の血が広がり、飛び散っていた。・・・死んでしまっていた。しばらくすると彼女の体が黒くなっていき、雲散霧消した。・・・そこにさっきまでいた少女の姿はもうない。

僕は初めて影喰が殺される瞬間を目の当たりにした。惨すぎて気分が悪くなり嘔吐する。善太郎も苦い顔をしながら涙を堪えて、憤りを感じている表情をしている。

彼女を救って、共に闘うという選択肢はなかったのだろうか?僕が最初に彼女たちを見かけた時にこの場に飛び込んでいれば助けられたのだろうか?僕と善太郎が彼女の手を引いて逃げていれば救えたのだろうか?どの選択肢を選んでいても死ぬ運命だったのだろうか?…いろいろと考えてしまっていた。

彼女の最期を思い出す。あの段階で自身が死ぬのを既に覚悟していたのだろう。両手で必死に魔法障壁を張りながらも後ろを振り返って僕らに微笑んで話していたのが印象深い。少なくとも善太郎に助けられたことに好意を抱いていたのには間違いない。善意よりも悪意を信じ、自己肯定に一生懸命だった少し前の自分が嫌いになる。

あの彼女もこの世界に理不尽さを感じていたな。この世界を終わらせるために影喰を喰らって延命しながら、そのヒントを探っていた。それであの大鎌の女が『機関』とか言われる組織の役人だという情報を手に入れてようやくその本人と会い、闘った。・・・この世界を終わらせる方法が本当にあるのか?…いや、僕らのことを救ってくれた彼女がこの世界で生き長らえて懸命に探し出したヒントが今あるんだ!

生き延びた僕にできることは彼女の意志を継いでこの惨いゲームを終わせることではないのか?

僕と同じような考えを持っている影喰もいる。彼女はそれを教えてくれた。・・・僕がやらなければいけない!!

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