お話を聞かせて②

「不思議なものばかりだ……」

 錬金術師の部屋を見る機会なんて、そう滅多にないだろう。ブレイドは、部屋のあちこちを皿のようにした目で眺めていた。


 一方レスリーは興味がないのか、ベッドに寝っ転がって俺を見つめてニヤニヤと嘲笑わらっている。

「あのアックスが、すっかり所帯臭くなっちまったなぁ」

「森を焼かれるまでは、こんなもんだぞ?」

「いいや違うな、カミさんに会ってからだろう。相当、尻に敷かれていたようだな」

「独り者のレスリーには、わからないさ。お前だって、この旅が終わったら……」


 部屋の空気が、張り詰めた。

 鍛え上げられた身体、最上級の装備品、ふたりの力強い眼差し、言葉にせずとも伝わる覚悟。


「ついに行くのか」

「ああ、レスリーも頑張ってくれた」

「お前たちが思うより、厳しい戦いになる。ベルゼウスの城は──」

「わかっている、みんなで決めたことなんだ」


 ブレイドの決断に、再び俺は迷わされた。


 止めなくていいのか?

 ベルゼウスは、ミルルの祖父だぞ?

 唯一の肉親を、みすみす失わせていいのか?


 今更、何を迷っている。

 俺が旅をしていた目的は、何だ。

 黒魔術世界に、復讐するためだろう?

 忘れたのか、すべてを奪われた日のことを。


「アックス、どうしたんだ?」

 ブレイドには、俺の迷いなどお見通しだ。やっぱりお前は、リーダーに相応しい勇者だよ。


「実はな、ブレイド……」

「何でもいい、構わず言ってみろ」

「……ミルルは、ベルゼウスの孫なんだ」


 ブレイドもレスリーも、時が止まったかのように硬直して返す言葉を失った。

 告白をゆっくりと咀嚼し、詰まる喉をむりやり開き溜飲させて、じわじわと身体に染み込ませることで、ようやくブレイドは固まった唇を開いたが、それでもありふれた応えしか返せない。


「それで、あれだけ強い魔法を……」

「グレタも両親も亡くしたミルルにとって、唯一の肉親なんだ。ベルゼウスを討伐すれば、ミルルは本当に独りぼっちになってしまう」


 言わなければ、よかったのかも知れない。

 知らなければ、幸せだったのかも知れない。

 しかし知らず、言わずにした行動が、ひとりの少女を絶望の淵から奈落の底へと突き落とす。

 迷え、迷ってくれ、俺と同じように……。


「ミルルは、それを知っているのか?」

 薪割りのように言い放ったのは、レスリーだ。

「いいや。理由があって明かせずにいるんだ」

「だったら、ミルルが知る前に倒せばいい」


 待ってくれ、レスリー。そうじゃないんだ。

 俺の願いは、ミルルの将来のためには──。

 考え直すように説得を試みるが、それより先にブレイドが決断を下した。


「レスリーの言うとおりだ。ベルゼウスに世界を支配されることだけは、避けなければいけない」


 どうして、わかってくれないんだ!

 もっと迷え! 他の道を探れ! 決断するのが早すぎる!!


「知らないままの方がいい、そういうことだってあるだろう」

「残酷な真実に痛い思いをするのは、俺たちだけにしよう。それに、ミルルにはアックスがついているじゃないか。東の島を気に入ってくれたら、そこから新しい人生を歩んでもらおう」


 俺は、はじめて自分という存在を恨んだ。

 このままでは、いけない。

 ミルルが東の島に行っている間、シノブがいないからパーティーは動けないから、みんなは休むことになる。

 明日いちにち説得して、違う答えを導き出さなければ……。


「ところで、ホーリーは大丈夫か? か弱い身体なのに、森で寝るなんて」

「アックス、森には詳しいだろう? 様子を見に行ってくれないか?」


 その提案は、俺にとってはわずかばかり救いになった。ふたりとの間を取って、煮詰まりそうな思考を冷まして整理したくなったのだ。

 迷い、悩み、無い知恵を振り絞りながら小川を辿り、ドワーフの集落までやって来たが、そこにホーリーの姿はどこにもなかった。


 まさか、慣れない森で迷ってしまったのでは?

 切り株にもたれ掛かり、赤ら顔でいびきをかくドワーフを揺り起こす。

「ん……どうした? 旦那か、注文は明日にしてくんな」

「そうじゃない、ここに僧侶が来なかったか? ホーリーという、女の僧侶だ」

「ああ、泊めてやるって言ったんだが、俺が酒を呑みだしたら急に出ていっちまって、それっきりだ」


 ホーリーの意志で出ていった、だって? 一体何があったんだ。

「出ていく前に、変わったことはなかったか?」

「酒を珍しそうに見ていたな。目から呑むんじゃねぇかってくらいに見るから、お前も1杯どうだって誘ったら、どこで仕入れたのかを聞かれて、それから飛び出しちまったんだ」

「その酒っていうのは……」

「決まってんだろう? ゴブリンが作ったルビーベリー酒だよ」


 ルビーベリー酒を見て、飛び出した?

 それじゃあ、ホーリーはゴブリンたちが暮らす森に向かった、ということか!?

 それは不味い、あそこには卵欲しさにミルルが放ったモンスターがうごめいている。

 経験を積んで白魔術を強化した、とはいえホーリーひとりで戦える相手ばかりではない。


「起こして、すまなかった。ありがとう!」

 俺は小川沿いを走っていった。目指すのはもちろん、ゴブリンが暮らす森。

 ホーリー、妙な真似だけはしないでくれよ。

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