お話を聞かせて①
ミルルは警戒していた。騙されて、二度とここへは帰ってこれないのではないか、という不安が小さな身体から
そんなことは想定済みと、シノブは言葉を継ぎ足していく。
「ミルルが、この家に帰らなければいけないのと一緒で、私も仲間たちを置いたままには出来ないんだ。明日の朝、ミルルの箒に乗って東の島まで向かい、日が暮れるまでに帰ろう」
ミルルは、葛藤しはじめた。
ランドハーバーで同じ年頃の子供たちと遊んだ楽しさが思い出されて膨らんでいき、不安は押し潰されようとしていた。
しかし、その後の迫害が思い出されて、新たな不安となってじわじわと膨れていき、小さな胸の中で欲求と恐怖がせめぎ合った。
「それに私たち忍びの者は、魔法によく似たことが出来るんだ。見てごらん」
立ち上がって間合いを取ると、かんしゃく玉を取り出して地面に叩きつけた。シノブは、あっという間に立ち上る煙に包まれる。
「大変! お姉様が!」
「大丈夫だ、まぁ見ていなさい」
煙が流されると、シノブは影も形もなくなっていた。これにミルルは大慌てである。
「お姉様が消えちゃった!」
「ここにいるぞ」
シノブは、ミルルのすぐ後ろで微笑んでいた。振り返ったミルルは、目を丸くして大興奮だ。
「凄い! 私にもお祖母様にも、姿を消すなんて出来ないわ!」
「ミルルも凄いぞ。忍びの仲間も、魔法を見たいと言っている。東の島のみんなに、ミルルの魔法を見せてくれないか?」
俺に向けられたミルルの瞳は許しを請い、背中を押してくれと訴えていた。
「クロや畑の世話は任せてくれ、お友達を作ってきなさい」
シノブの忍術がきっかけとなり、ふたりはすっかり仲良くなった。はじめの印象が嘘のようだ。
「お姉様! 私のお部屋に泊まって! 眠くなるまでお話を聞かせて!」
「お話もいいが、明日たくさん遊べるように早く寝るんだぞ」
さすがシノブ、その育ちから子供の相手は慣れている。しかしミルルと会っていなければ、そうと気付かされなかったことだろう。
それじゃあ、ブレイドとレスリーは俺の部屋だな。これまでの、そしてこれから先の旅の話でも聞かせてもらおう。
問題は、ホーリーだ。
白魔術教会の僧侶という立場だから、黒魔女の世話にはなれないのだ。仲間たちの部屋が次々と決まる中、行き場がなく困惑している。
「ホーリー、正面の森の片側にドワーフが暮らしているんだ。小川を辿れば集落に着くから、一晩世話になったらどうだ? 気のいい連中だ、快く迎えてくれるだろう」
「ありがとう、アックス。そうさせて頂くわ」
一礼するとホーリーは、ひとりで森へ向かっていった。もう行ってしまうのかと驚き、慌てて声を掛けた。
「ホーリー! みんなで夕食を摂らないか!?」
が、言葉を返さず一礼を浅くするだけで、森へと分け入ってしまった。
気を落としている俺の肩を、ブレイドが断りを入れるように軽く叩いた。この手は、いつも時間を動かしてくれる。
「ホーリーの立場をわかってくれ。回復薬を買いに来るのも、反対していたんだ。何とか納得してくれたが、絶対に口にしないと言っている」
「わかっているさ。ホーリーは、真面目な聖職者だからな。しかし、よく説き伏せたものだな」
ブレイドは、ミルルに手を引かれて家へと入るシノブに目をやった。どうやら、彼女が頑張って説得したらしい。
「シノブは旅をしている間、ずっとミルルを気にかけていたんだ。境遇が近いから何とか力になりたいと、よく言っていた」
「お前のことも、だぞ? この色男めが!」
レスリーが悪戯っぽく言うと、俺を羽交い締めにして豪快に笑った。子供の頃と変わらないじゃないか、俺までつられて笑ってしまう。
しかし、ブレイドの神妙な顔から、そんな意味ではないことが伝わった。
「アックス、お前は人生をミルルひとりに費やすのか? シノブが、いや、俺たちが心配しているのは、それだ」
黒魔女のミルルを育てるという決意が、みんなの懸念になっていたとは、思いもよらなかった。パーティーを離脱したいと頭を下げたとき、俺を蔑んでいたとばかり思っていた。
そうではないと知らされた今、心配させた申し訳なさと、仲間たちへの感謝で、胸に熱いものが沸き上がるのを感じた。
「それは、すまなかった。ブレイド、レスリー、俺は……」
「アックスー! シノブお姉様に、パンケーキを焼いて差し上げて!」
ミルルがおねだりしてきたので、みんなを安心させるための弁明を打ち切った。
「パンケーキもいいが、小川で釣った魚もある。干し肉だって、少しは出せるぞ。何が食べたい? 腕によりをかけて作るぞ!」
「食後の回復薬も、忘れないでくれよ」
「もちろんだとも。お前たちが、ミルルにとって最初の客なんだからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます