お仕事しましょう③

 解毒薬を流し込まれたゴブリンは、口を両手で覆い隠して頬を目一杯に膨らませた。

「ボコッ!! ボコッ!!」

 ゴブリンの腹がはち切れんばかりに膨れ、腕や脚がいびつにゴツゴツと腫れ上がると、それらと帳尻を合わせるように背丈が伸びた。


[オークがあらわれた]


 また、このパターンか……。


 しかし、それだけでは済まなかった。


 ドワーフも口を両手で覆い隠し、頬を目一杯に膨らませた。

「ボコッ!! ボコッ!!」

 ドワーフも腹がはち切れんばかりに膨れ、腕や脚がいびつにゴツゴツと腫れ上がると、それらと帳尻を合わせるように背丈が伸びた。


[トールがあらわれた]


 やっぱり、薬が効きすぎたんだ。

 ミルルに任せたのが間違いだったか、クロの手伝いが裏目に出たのか、コルドロンに染みた薬のせいなのか。


 ふたりは向かい合い、いつの間にやら手にしていたハンマーで、お互いを叩きはじめた。

 圧倒的な強さを誇るトールだが、オークも健闘しており、その勝負は拮抗している。

 が、その凄まじい衝撃で枝が揺れ、葉が落ち、地面が次第にひび割れていく。


「酔いが覚めたみたいね」

「俺も、これが夢なら一刻も早く覚めてほしい。それでミルル、どうやって元に戻すんだ?」

「薬が切れたら、戻るんじゃないかしら?」


 そんな悠長なことを言っていられる状況だろうか。また畑を荒らされたり、追い回されたりするんじゃないか。

 何より、薬はいつになったら切れるんだ。


「そういえば、スープのときは戻らなかったわ」

「そうだった! また戻らないんじゃないか!?」

「それじゃあ、喧嘩をやめさせないいけないわ」


 トールとオークは、俺たちなんかには目もくれず、ハンマーで叩き合い続けている。

 勝負は五分五分、むしろ上手い具合にハンマーを狙い、ハンマーでかわしているから、互いに怪我のひとつもしていない。

 この殴り合いが終わる気配は、微塵もない。


「やめさせるって、どうやって?」

「どうしましょう?」


 そのとき、森の中から2本の鎖が飛んできて、トールもオークも瞬く間に拘束してしまった。

 鎖……?

 また、ベルゼウスが可愛い孫娘の危機を救ったのか?


 いや、違う。この鎖の先についた分銅ふんどうは──。

「ミルル、アックス、元気にしていたか?」

 シノブだ! ということは……。


 縛られながらも離さなかったハンマーが、どちらも粉々に砕け散った。

「武器をぶっ壊すくらいなら、いいだろう?」

 レスリー! 強くなったな!


 トールもオークもまばゆい光に包まれて、みるみるしぼんでゴブリンとドワーフに戻っていった。

「危ないところでしたね、大丈夫ですか?」

 ホーリー! 弱体化魔法を覚えたのか!


 ゴブリンとドワーフを縛った鎖が、一瞬にして解き放たれた。そしてふたりは金切り声を上げながら、それぞれの森へと逃げ帰っていった。

「シノブ、すまん。鎖を斬ってしまった」

 ブレイド! 剣の腕を、更に上げたな!


 苦労を分かち合った仲間たちとの再会に、破顔せずにはいられなかった。ブレイドに歩み寄り、互いの肩を抱き合って、旅の無事を喜んだ。

「みんな、どうしたんだ!? いや、礼が先だな。助かったよ、ありがとう」

「これくらい、大したことじゃないさ。ちょっと頼みがあって来たんだ」


 ブレイドは、小さな薬瓶を取り出した。見覚えのある薬瓶だ。

「ランドハーバーで手に入れた回復薬だ。これがよく効くものだから、どこで作ったものか聞いたんだ。そうしたら、黒魔女が置いていったと言うじゃないか」


 ミルルの父が遺した薬だ。まさか、こんなふうにつながるとは、思っても見なかった。

「解毒薬も気付け薬も、よく効くんだ。これから先、厳しい旅になるだろう。だから、今のうちに備えていこうと思ってな」


 厳しい旅。

 そのひと言に俺は、身が引き締まると同時に、重苦しさに息が詰まる。

 ついに、魔王ベルゼウスと対峙するのだ。

 そのとき、ミルルは祖父だと知らないままなのか、ベルゼウスは祖父だと伝えられないままなのか、ミルルがどれだけ悲しむのか──。

 これは、世界を変えるチャンスなのだ。


 今の俺には、小さな力しか与えられない。

 しかし、例え小さな石礫いしつぶてでも、落とし所を見定めて、風の穏やかなときであれば、大きな波紋を広げることが出来る、そのはずだ。


「この薬は、ミルルの父親が遺したんだ。全部、ランドハーバーに置いてきたから、もう家に残りはない」

「そうなのか、それは残念──」

「でも、朗報だ。今日、ミルルが作ったんだよ。同じレシピだが、効きすぎるかも知れない」

 ブレイドたちの心は揺れ動いた。これでいい、買うか否か悩んでくれ。


「そこで、だ。みんなで回復薬を飲んでから、家に泊まって様子を見ないか? 旅の疲れも癒せるだろう。どうだ?」

 ミルルの意見を尊重した対処法で、以前よりも遥かにいい印象を残してくれた。

 ミルルの説得は俺がやる。だからみんな、この提案に乗ってくれ。


 その願いは、思わぬ形で叶えられた。

 シノブが身体を屈めて、ミルルと視線を合わせてきた。

「実は私も、泊めてもらおうと思っていたんだ」


 ミルルは返事に困ってもじもじとしているが、シノブは微笑みを絶やさない。

「明日、私とふたりで東の島へ遊びに行かないか?」

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