お仕事しましょう②

 そうだ、せっかく戻ってきたのだから、ミルルの様子を見に行こう。あまり長居は出来ないので、ちょっとだけ……。


「ミルル、調子はどうだ?」

「あら、アックス! もう帰ってきたの!?」

 驚くミルルの毛先が、チリチリしている。どうやら小規模爆発が起きたらしい。

「木を切りに来たついでに寄っただけだよ。何を作っているんだ?」

「アックスが売れるって言ったお薬よ。解毒薬と気付け薬、あと回復薬ね」


 まともな薬で安心した。それなら効き目が多少強くても、問題にはならないだろう。これが眠り薬や痺れ薬、毒薬に媚薬だったら、震え上がってしまう。


「それじゃあ、俺は戻るから。危ないことはするんじゃないぞ」

「もちろんよ! アックスも気をつけてね」

 チリチリになった毛先は気になるが、大好きな父と同じ仕事が出来て、ミルルはご満悦である。

 あとは、どれだけ強い薬になったかだ……。


 地走鳥に丸太を引かせて湖畔に戻ると、近場の石を使って基礎を組んでいるところだった。

 さすが職人、仕事が早い。これなら、またたく間に町へと変貌するだろう。

「お帰り、アックス。いい丸太だね」

「上等なやつを切り出したんだ、ドワーフのお墨付きだぞ。まだ生木なまきだが乾いた土地だから、すぐにいい建材になるだろう」


 職人たちは作業の手を止め、丸くした目で丸太を眺めている。そうだろう、そうだろう。こんな上質なものは、なかなかお目にかかれない。

「凄いな……。こんなの、どこにあったんだ?」

「あっちの方角にある森だ。危険だから、勝手に入らないでくれよ」


 後先考えずに切り出すと、森が死んでしまう。森の住民と相談してから、切り出すのがいい。

 それにドワーフの森ならまだしも、ゴブリンの森にはミルルが放ったモンスターがうようよしている。

 素人はもちろん、並の玄人くろうとでも手に負えない森だ。


 丸太の代金を受け取って、家具の注文を受け付ける。これで、湖畔の仕事はおしまい。あとは、ドワーフに注文を伝えに行くだけだ。

 まだ、日が高い。

 これなら歩いて帰っても、ミルルが迎えに出る前に帰ってこれる。


 ○  ○  ○


 玄関先で、ミルルが箒に跨がろうとしていた。

「あら、お帰りなさい。もう終わったの?」

「切った木を届けただけだからな。それと家具の注文が入ったんだ、ドワーフに伝えないと」

 とんがり帽子を脱ぐと、縛った髪がくるくると巻いてあった。また爆発したらしい。


「ミルル、火を使ったろう?」

「使ってないわ。クロも、ちゃんとお手伝いしてくれたのよ?」

 それじゃあ、調合していて爆発したのか。

 そもそも簡単なもので済ませるようにと、クロに手伝いをさせるよう言ったつもりが、本当に手伝いをしたようだ。


 黒猫に薬作りが出来るのか?

 いや、爆発の原因はクロかも知れない。

 今度、ミルルの薬作りを見学させてもらおう。


「たくさん働いて、疲れただろう? 晩ごはんを作ろうか」

「アックスも、お疲れでしょう? 私もお手伝いするわ」

 互いをねぎらいながら玄関に向かうと、真っ赤な顔で肩を組んだドワーフとゴブリンが、フラフラとした足取りで行く手を阻んだ。


 ひと目でわかる、かなり酔っている。ドワーフは上機嫌だが、ゴブリンは目を回してうなだれている。

「そんなにお酒を呑んじゃって、どうしたの?」

「旦那が仕事を回してくれたから、祝い酒と決め込んだのさ!」

「それで、頼んだ家具が出来たのか?」

「何言っていやがる! 祝いが先だ!」


 注文を受けただけで、酒を呑んだのか。

 いや。酒を呑むきっかけが欲しかった、そこに注文が舞い込んだ、酒を呑む口実が出来た、それだけだ。


「そうしたら、ちょうど酒が仕上がったと言ってきたもんだ。それで、ちょっと付き合ってもらったってわけよ。なぁ!? そうだろう!?」


 ドワーフはカラカラと景気よく笑っているが、ゴブリンは顔はみるみる青くなっていった。

「まったく、だらしねぇな」

 そう吐き捨てたドワーフも、小石につまずいてゴブリンもろともコロリと転がった。

 脚に力が入ってくれず、ふわふわともだている。


 まったく……と言いたいのは、こっちの方だ。こんな調子では、オアシスが町になってからが思いやられる。

 するとミルルが期待に瞳を輝かせ、ウズウズとした笑みを浮かべ、家の中へと入っていった。


 まさかと思ったが、やっぱり、案の定、予想したとおり、いくつかの薬瓶を持って戻ってきた。


 ミルルがドワーフの身体を起こし、薬瓶をひとつ手渡した。

「ドワーフさんは、気付け薬がいいかしら?」

「お、おい」

「おう、すまねぇな嬢ちゃん」


 ゴブリンは、言葉になり切らない譫言うわごとを唸っていた。薬瓶を掴まされても、定まらない視線を遥か彼方に投げている。

「ゴブリンさんは、解毒薬がよさそうね?」

「やめた方がいいんじゃないか?」


 そのとおりだった。

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