仲直りしましょう①

 ミルルに追い出されたものの、募る不安がかせとなり、館に近い木立の隙間から動けなくなった。

 幼子ひとりで大丈夫だろうか、寂しくないか、食事の準備は出来るだろうか……。


 心配しながら館を見つめていると、よろよろと歩くドワーフたちの姿が目に映った。ようやく目を覚ましたのだ。

「まったく、ひどい目に遭ったぜ」

「もっと早く起きれば、酒を奪えたのになぁ」

「しょうがねぇ、一旦帰って仕切り直しだ」


 どれだけ酒が好きなんだ……。

 どうしようもない連中だと呆れていると、身を潜めている俺に気づいて声を掛けてきた。

「どうしたんだ、そんなところで」

「さては、あの嬢ちゃんに追い出されたか?」

「気が強そうだもんなぁ」


 言い当てられて悔しいが、ブレイドたちを館に招いた俺が原因だから仕方ない。

「まぁ、そうなんだ。ただ館にミルルひとりでは心配でな。そろそろ飯時でもあるし……」

「そんなことなら、俺たちに任せろ!」

「一緒に飯を食ってやりゃあ、いいんだろ?」

「適当なことを言って、世話しに行ってやるよ」

 何と頼もしいんだ。ゴブリンよりは信頼できるし、ここはひとつ甘えよう。


 ドワーフたちが館に入るのを見届けて、木立の間から様子を伺うと、ミルルの頭が窓に映った。ゴブリンと喧嘩したことを謝ったのか、ミルルはやれやれといった態度である。

 そのうち、台所から一筋の煙が立った。食事の準備をしているらしい。とりあえず、一安心だ。


 ドワーフたちがミルルの世話をずっとやる、と言ったらどうなるだろう。ミルルに俺は必要なくなるのか。

 喧嘩別れは胸がモヤモヤして気分が悪い。

 だがブレイドたちとの関係を断ち切れない俺と一緒にいると、ミルルが傷つくことになる。

 このまま別れ、俺はブレイドたちとベルゼウス討伐の旅をして、ミルルはドワーフやゴブリンと暮らしたほうが幸せなのか。

 ベルゼウスを倒せば、ミルルは悲しむだろうが魔の手から逃れることになるだろう。


 そうだ、それがミルルのためだ。

 吹き飛ばされたブレイドたちを追うために、腰を上げたそのときだ。

「旦那、すまねぇ……」

 ドワーフたちが戻ってきた。

 しょぼくれているが赤ら顔で、ヒックヒックとしゃっくりをしている。


「お前たち、まさか……」

「飯を作るのに台所を漁ったら、酒が出てきて」

「飲んだのか」

「そうしたら嬢ちゃんが怒り出して、二度と家に入るなって……」

 この様子だから、酒盛りをしてドンチャン騒ぎを起こしたのだろう。

 あなたたち、何しに来たの!?

 という、ミルルの怒号が聞こえてきそうだ。


「それで、飯を食べさせたのか?」

「そりゃあバッチリよ。ただな、出したピクルスがツマミにピッタリで、それで飲んじまった」

「ミルルが飯を食べてくれれば、それでいいさ。ありがとう」

 しかし、次の食事はどうしたものか……。ゴブリンたちに頼むのは気が引ける、いいや無性に腹が立つ。

「館の酒は、まだあるのか?」

「全部飲み干しちまった、それもあって怒られたんだ」

 酒がなければドンチャン騒ぎする心配はない。ほとぼりが冷めた頃を見計らって、またドワーフたちに行ってもらおう。

 それを確認するまで、パーティーには戻れないな。もう少しの間、こうして過ごすしかなさそうだ。


 ドワーフたちを見送ってから、俺は食材調達のため小川沿いを探索することにした。ドワーフの森は、かつて暮したローゼンヌの森に似ている。きっと似たようなものが手に入るだろう。

 と、通りから小川に入ろうとする俺は行く手を阻まれた。


[ゴブリンがあらわれた]


「よう、ひとりで散歩かい?」

 ……また、こいつか……。

 ニヤニヤと浮かべる笑みも、物の言い方もいやらしく、俺の気持ちを逆撫でしてくる。早くこの場を離れたい俺は、苛立ち眉間にしわを寄せた。

「そうだ、ひとりにさせてくれ。じゃあな」


[ヤマタノオロチがあらわれた]


 ヤマタノオロチは横たわり通りを塞ぐと、頭を後ろに回り込ませて牙を剥いた。空けられた方向は、ゴブリンの森だけだった。

「嘘はお嬢ちゃんの教育によくないぜ? 背中を丸めてトボトボ歩くお前を見ていたんだ、どうせ追い出されたんだろう?」

 図星だが、図星だから腹が立つ。ザコキャラの分際で生意気な、これだからこいつらとは相容れないんだ。


「飯はまだなんだろう? 魚でも食いながら話を聞こうじゃないか」

 親切そうに言っているが、俺の背後でヤマタノオロチが細い舌をチロチロと踊らせている。脅しがついてくる辺り、やり方が汚い。

 ミルルはじゃれているだけと言いそうだが……。


 ゴブリンの先導で、ヤマタノオロチに後をつけられ、彼らの根城へと連行された。みんな仲良くとミルルは言うが、俺はこいつらと仲良くなんかなれなそうだ。


 ……家が建っている。


「どうしたんだ!? この家は」

「ドワーフが建てたに決まってんだろう」

 確かに、あっちの森にあるものと同じ造りだ。粗暴なゴブリンには到底無理そうな、丁寧な仕事である。

「よく応じてくれたな」

「さすがにタダじゃねぇよ。交換条件ってものがあるのさ」

「ドワーフが納得するとなれば、やっぱり酒か? ずいぶん持って来たんだな」

「そんなに持って来れるかよ、あれさ」

 ゴブリンは嘲笑いながら、木の洞を指差した。

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