仲直りしましょう②

 苦悶の表情を浮かべている木の洞、その目や口からは赤い汁が垂れている。血の涙を流し、血を吐いているようで気味が悪い。

「うぇっ……何だあれは」

「俺たちが飲み、ドワーフに渡すルビーベリー酒を作っているんだ」


 ルビーベリーだって!? ミルルの大好物じゃないか!!

 魔女の好物だから、魔女の森にあっても不思議はないが、何と都合のいいことだ。喜んでくれるのは間違いない、今すぐミルルに届けたい、ゴブリンなんかに任せておけない。


「すまないが、ルビーベリーの果実を分けてくれないか?」

「おっと、タダとは言わないよな」

「マンドラゴラのスープを仕込んでいる。それでどうだ?」

 渋るように腕組みをするゴブリンたちであったが、思い浮かんだスープの味には抗えず、舌なめずりをしながら目尻を垂らしている。

 黒魔術世界では、人気の食材だったのか。ベルゼウスがくれたのも納得出来る。


「よし! それで手を打とう。持っていけ」

 森で一番大きな葉っぱで袋を作り、ありったけのルビーベリーを詰め込んだ。こんなにあっても食べ切れない、酒以外に日持ちさせる方法はあるのだろうか。

 まぁ、それはミルルに聞くとしよう。

「ありがとう。スープが出来たら、すぐ知らせるよ」

「おい、もう行くのかよ。飯はいいのか」

「ミルルがルビーベリーを待っているんだ。世話になったな」


 これぞ怪我の功名というやつだ。ミルルに家を追い出され、ゴブリンたちに連行されなければ、ルビーベリーと巡り会わなかったことだろう。

 手土産を抱えて小川を辿り、通りに出たところで再び足止めを食らってしまった。


「我が名はベルゼウス」


 何ということだ。姫が喜ぶアイテムをせっかく手に入れたというのに、ここでラスボス登場だ。ルビーベリーで両手は塞がっている、一撃必殺は間違いない。

「何の用だ、ベルゼウス!」

「貴様、ミルルに追い出されたそうだな」


 仮面の下でほくそ笑むベルゼウス、悔しく顔を歪める俺。

 しかし残念だな、俺には大事な使命がある。

「そうだ。だが、今から帰るところだ。ミルルの大好物、ルビーベリーを手土産にな!」

 仰け反り、うめき、歪めた唇を噛……んでいると思われるベルゼウス。鉄仮面の下に隠された表情が、何となくわかるのが面白くなってきた。


「おのれ、小癪こしゃくな! そのルビーベリーを、どこで採ってきた!!」

「森の奥で、ゴブリンから分けてもらったのさ。だがな、生のルビーベリーはもうないぜ」

 煽られたベルゼウスは悔しさのあまりワナワナ震えると、恥も外聞もなく強攻策に打って出た。

「そのルビーベリーを寄越せ!」

 俺は木立の隙間に逃げ込んで、伸ばされた腕をすんでかわし、ベルゼウスを更に煽った。

「可愛い孫への贈り物が、奪ったものでいいっていうのか?」

 ピタリと止まったベルゼウスは恥辱に震えて、ついにガックリとうなだれた。


「だいたい、どうして素直に『お祖父ちゃんだ』と言わないんだ?」

 ふとした疑問を口にすると、ベルゼウスは俺の襟首をガバっと掴んできた。締めるのではない、縋っているのだ。

「我は息子を、ミルルの父親を追い出したのだ! それでノコノコ出て来て、名乗り出られると思うのか!?」


 なるほど、結婚を許さず勘当した負い目があるのか。それがグレタへの恋心が原因だと知れた日には、我儘わがまま祖父さんの烙印らくいんを押されてしまう。

 縁を切ってしまおうにも、幼くしてひとり遺されたミルルが心配な上、愛おしいから放っておけない。

 今までどおり、親切な魔王のおじさんの立場で世話をしながら打ち明ける機会をうかがおう、というのがベルゼウスの作戦だった。


 思わぬ弱点を知ってしまったぞ!

 魔王討伐戦では、役に立たなそうだけど……。


「とにかく、俺はルビーベリーをミルルに届けるために帰るんだ」

「追い出された分際で何を言うか」

「お前こそ、息子を追い出したくせに」

「ぐっ……痛いところを突くでない」

「これで仲直りをするんだ、邪魔しないでくれ」

「食い物で釣るとは卑怯な奴め。半分でいい、我にくれ」

「魔王のくせに、みっともない便乗をするな」


 俺とベルゼウスは、抜きつ抜かれつを繰り返しながら、館を目指して足早に歩いていった。

 真剣勝負をすれば勝ち目がない魔王ベルゼウスだが、ミルルのことに関しては対等に渡り合えている。不思議でしょうがない。


 館がハッキリ見えたところで、屋根のカラスとコウモリが一斉に飛び立ち、窓から黒猫が大慌てで飛び出した。

 次の瞬間、窓が真っ赤に染まると、屋根はどこかへ吹き飛んで円筒形の壁だけが残った。爆音を伴って火柱が上がる館は、巨大な打ち上げ花火のようになっている。


「ミルル!!」

 俺は、館へ一目散に走り出した。ベルゼウスも血相を変えて、いや見た目は変わらないのだが、俺の後に続いている。

 俺がバカだった……。

 幼いミルルをひとりで家に置いていくなんて。

 館のそばから離れるんじゃなかった。

 そうすれば、何かあってもすぐ駆けつけられたじゃないか。


 ミルル、どうか無事でいてくれ!!──

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