おもてなしします②

「ブレイド! シノブ! ホーリー! レスリー!!」

 声を張り上げ身体を揺さぶると「ううん……」とうめいて、ひとりずつ目を覚ましていった。見たところ、怪我はないらしい。


 はじめに声を発したのは、リーダーらしく勇者ブレイド。

「アックス!? どうしてここに!?」

「それは、こっちの台詞だ。一体どうしたんだ」


 続いてシノブが身体を起こして辺りを見回す。

「モンスターが蔓延る森があると聞いて来たんだが……」

「この森か? ミルルが作ったんだ。モンスターは確かにいるが、悪さはしないぞ」


 僧侶ホーリーが、しばしばさせていた目を丸く見開いた。

「あの荒野が森に!?」

「ああ。こっちがモンスターの森で、あの通りを挟んだ向こうの森にはドワーフが住んでいる」


 格闘家レスリーは冒険の経験が浅いせいか、目をパチクリさせて頭をブルブル振っている。

「レスリー、わかるか? 俺だ、アックスだ」

 俺の名前が耳に届くとガバッと飛び起き、破顔してバシバシと乱暴に肩を叩いた。嬉しさ余って加減を忘れているから参ってしまうが、俺もつい頬が緩んでしまう。


「アックス! お前は何て悪い奴なんだ! デリスターで一番の人気者を冒険の旅に出しちまうんだからな! デリスターは毎日退屈で、俺は毎日退屈しないぜ!」


 再会の騒がしさにキョトンと佇むミルルのそばへ、シノブが歩み寄って優しく微笑んだ。

 普段は見せない姿に、誰もが息を呑んでいた。レスリーなどは、また気を失ってしまいそうだ。


「元気にしていたか?」

 ミルルは身体を固く縮こませ、俺たちから一歩退いた。

 以前は、よくわからないところへ連れて行こうとした人という認識だったが、今は酷いところへ連れて行こうとした人になっている。

 どんなに優しい笑顔でも、ミルルは恐怖と怒りしか覚えない。


「みんな、ちょっといいか?」

 そうシノブを引き離すと、ミルルは身体をほんの少しだけ緩ませた。しかし、その表情は曇ったままである。


 ランドハーバーでの経緯いきさつを話したが、想いがいくつも交錯し、みんな薬を含んだような顔で立ち尽くしている。


 白魔術世界に生まれ育った俺たちは、黒魔術は我々を脅かす恐ろしいものと教わった。だから、ランドハーバーの人々の気持ちは、よくわかる。

 実際、俺もホーリーも森を焼いたグレタに恐怖し怒りを覚え、黒魔術許すまじとブレイドの旅に加わって、あの館までやって来たのだ。


 だが……

 しかし……


 黒魔女として生まれたことが、罪になるのか。


 悩んだ末、ブレイドがパッと顔を上げた。課題を残しつつ、ひとつの決断をしたようだ。

「ふたりの暮らしを見せてくれないか? この目で確かめたいんだ、黒魔術というものを」

 俺に話し掛けてはいたが、視線はミルルに向けられていた。ブレイド、俺たちを試そうというのか。


「家に招いてもいいか? 俺の大事な客なんだ」

 とがらせた口元に不安を募らせていたミルルは、お化け屋敷の入口にいるような顔をして、小さくうなずいた。


 △  △  △


 ブレイドたちは、館をポカンと見上げた。

 ドワーフとゴブリンが一緒になって屋根を直しているのが、信じられないのだ。

「相容れないと思っていたのに……」

「森で暮らすことを許可しただけなんだが、色々協力してくれるんだ。さぁ、中へ入ってくれ」


 ミルルはずっと俺にくっつき、みんなの方へは行こうとしない。孤児院へ連れて行かれる警戒は、そう簡単には解けなそうだ。

「ねぇアックス、屋根が直ったらスープを……」

「そうだな。世話になりっぱなしで、申し訳ないからな」


 魔法ではなく火打ち石で火を起こし、その加減を見ているとシノブがそっと寄ってきた。

「ミルル、この前は無理に連れて行こうとして、すまなかった。ただ、少しでいいから、私の話を聞いてくれないか?」

 ミルルは黒衣をギュッと握って、強く頷いた。ゆるしを得たシノブは少し微笑んでから、悲しい目をして語りだした。


「私は、ここからずっと東の島で生まれたんだ。幼い頃、戦乱があって親兄弟と離れてしまい独りぼっちになったんだ」

 それは、誰もがはじめて聞く話だった。シノブは、同じ境遇のミルルに心を開いているのだ。


「そんなとき、私を拾ってくれたのは忍びの師匠だ。同じような仲間たちより弱虫で、泣き虫だった私を見捨てることなく世話をして、忍びの道へ導いてくれた」

 誰もが黙って耳を傾け、心を揺さぶられていた。それはミルルも同じことで、シノブを直視出来ずに目を泳がせている。


「孤児院は、怖いところではない。路頭に迷った私に、新しい生き方を示してくれた。また来る、必ず来る、何度でも来るから、もしミルルがその気になったら教えてくれ」

 シノブの必死な願いに、ミルルは押し出されるように螺旋階段を駆け上がり、自室へ飛び込み扉を閉めた。


「ミルル!」

 話し足りないのかシノブは後を追い、扉の前で座り込んだ。

 ダメだ、思いが強すぎる、このままではミルルが押し潰されてしまう。

「すまん、火を見ていてくれ」


 螺旋階段に向かった俺は、肩を掴まれ引き止められた。

 ホーリーだ。いつもの穏やかさは消え去って、険しい視線を突き刺している。

「アックス、これはどういうことなの」

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