おもてなしします①

 ミルルが引っ張り出してきた鍋に、不安を感じずにはいられなかった。

「本当にそれを使うのか?」

「道具は使うためにあるものよ? 使わないと、もったいないじゃない」

 喧嘩を止めるために引っこ抜いたマンドラゴラで作ったスープを、ドワーフたちとゴブリンたちが一緒に食べれば仲良くなれる、というのがミルルの考えだ。


「美味しいスープの匂いで目を覚まして、それをみんなで一緒に食べるの。いいアイデアだと思わない?」

 そう簡単にいくものか、と思うだろうが問題はそこではない。

 そのスープを、魔女が薬作りで使うコルドロンで作ろうというのだ。確かに、たくさん作るには手頃な大きさではあるが、鍋肌に薬が染み込んでいないか心配でならない。


「大丈夫よ、これひとつで色んな薬を作るんだから」

「色んな薬って、眠り薬も痺れ薬も毒薬も、これひとつで作っていたんだろう?」

「もう、心配性ね。解毒薬も回復薬も作っていたじゃないの。ちゃんと洗えばいいんでしょう?」

 洗い流して済む問題なのだろうか。とにかく、この名案を取り下げるつもりはないらしい。


 ミルル、というかグレタを信じてコルドロンを小川で洗うため玄関を開けると、微かな水音が耳をくすぐった。まさかと思い井戸へと向かうと

「アックス! 井戸に水が湧いているわ!」

「やったぞ! ミルルの魔法が、水脈を蘇らせたんだ!」

 度重なる土地改良は、地中にも影響を及ぼしたのだ。生活の不安が払われるどころか、少しずつ豊かになっているではないか。


 潤沢な水でコルドロンを丹念に洗い、かまどに置いて水を張り、刻んだマンドラゴラを入れる。以前キャラバンから仕入れたという塩と日干しの海藻を入れて、灰汁を丁寧に取りながらじっくり煮込めば出来上がりだ。


 が、湿気ってしまったのか、薪になかなか火が回らない。威勢のよかった火種が、みるみるしぼんで今にも消えてしまいそうだ。

「ミルル、はないのか?」

「ふいご? 何それ」

「風船みたいな蛇腹の袋から空気を吹き出すやつだ。火の勢いを増すときに使うんだが」

「さぁ、どこかしら」

「参ったな、火種に空気を送らないと」


 すると閉め切った食堂に風が吹き、火種は勢いを取り戻して薪をチリチリと焦がしはじめた。

 もちろん、ミルルの魔法である。

 やっぱり、ミルルの魔法である。

 燃え盛る炎がコルドロンを包み込むと、爆風が食堂をかき回した。テーブルクロスが吹き飛んで、椅子は転がりテーブルは倒れて、窓は外へと開け放たれた。


 これだけでは飽き足らない爆風は、螺旋階段を駆け上がると扉を押し開けミルルの部屋を、両親の部屋を、グレタの部屋を引っかき回すと、螺旋階段に光が降り注いで、ようやく風が止んだ。


 爆風が屋根を吹き飛ばしてしまったのだ。

「直してもらったばかりなのに!」

「追いかけましょう!」


 この騒ぎにドワーフたちが目を覚まし、空飛ぶ屋根に仰天してから走る俺たちの後を追う。ゴブリンたちもハッと起き、屋根を指差しゲラゲラと笑いながらついてきた。

 ゴブリンめ、笑いごとじゃないんだぞ。


 屋根は悠々と回転しながら森を飛び越え、木々の影に姿を消した。砂煙が立ち上っているから、ようやく着地したらしい。壊れていなければいいのだが……。

「思わず追いかけたが、落ちた屋根をどうすりゃいいんだ?」

「もちろん、元に戻すのよ」

「……どうやって元に戻すつもりだ?」

「飛んでいったんだから、浮かせればいいんじゃないの?」


 ミルルの魔法では、空どころか星の彼方にまで飛んでいくのではないか。そんな不安はドワーフたちが払ってくれた。

「俺たちに任せてくれ。一度バラして、組み立てりゃいい」

 直したそばからこんなことになったのに、快く引き受けてくれるとは、ありがたい。仕事が早いのは実証済みだから、安心してお願い出来る。

「俺たちにも、やらせてくれよ。バラすのは得意だし、祭みたいで楽しそうだぜ」

 ヘラヘラ笑うゴブリンたちが役に立つとは思えないが、魔女のミルルに逆らうことはないだろうし、今は猫の手も借りたいから信用してやろう。


「あったぞ! あそこだ!」

「ずいぶん飛んだなぁ」

 屋根は、森と荒野の境目に着地していた。幸い傷ひとつついていない、丁寧に解体し復元すればまだ使えそうだ。

「野郎ども、バラすぞ! 慎重にな!」

 ドワーフの号令で屋根板が1枚1枚剥がされていくと骨組み、地面、そして思わぬものが露わになった。


 ドワーフもゴブリンも退けさせて、急いで屋根板を外していく。

「ちょっとアックス、丁寧に外してよ」

「そんなことを言っている場合か! 人がいるんだぞ!?」

 人だって? 屋根の下にか? 本当にいるぞ!

 ミルルは心配そうに、ドワーフたちは興味津々に、ゴブリンたちはニタニタ笑いながら俺の作業を見守っていた。


 この服、この体躯、この装備……。

 もしやと思ったが、やっぱりそうだ!


[勇者ブレイドがあらわれた]

女忍者くのいちシノブがあらわれた]

[僧侶ホーリーがあらわれた]

[格闘家レスリーがあらわれた]

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