ご近所さんができたよ③
火に
「キノコばっかりね」
「そこらへんを、ほっつき歩いているからな」
ゴブリンは、俺のそばをよちよち歩くキノコを捕まえると枝に刺し、火に焚べた。小さく短い脚がジタバタしている。
うぇっ……。ゴブリンめ、モンスターを食っているのか。
「それ、食えるのか?」
「何だ、知らねぇのか。よく動くやつほど、プリプリして美味いんだぜ。酒の肴に最高だ」
「森のことは任せろなんて、よく言うわ」
ミルルはともかくゴブリンにまで笑われて不快極まりない俺は、目を泳がせつつ話を
「酒はどうしたんだ、わざわざ持ってきたのか」
「当たり前よ、呑まなきゃやってらんねぇ」
いつも好き放題に暴れ回ってヘラヘラしているゴブリンたちに、呑まなければやっていられない悩みなどあるのだろうか。俺にはちょっとわからない。
「呑み干したら酒造りもしねぇとな」
「お酒を造れるの? ゴブリンさん、凄いのね」
「森のことは任せろってんだ。ほら、焼けたぞ。食え食え」
こんがり焼き上がったところを勧められ、歩くキノコを恐る恐るかじってみたが、確かに弾力があって美味い。魔女の森は知らないことばっかりだ。
「モンスターって食えるんだな」
「あら? コカトリスの卵だって、パンケーキにしたら美味しかったじゃない?」
ミルルの言うとおり、コカトリスの卵で焼いてみたら一味違う。上手くは言えないが、何とも癖になる味だ。
尻尾が蛇のそれだから、気にならないかと言われれば嘘になるが……。
すると、ゴブリンたちがざわついた。この少女はコカトリスの卵を獲ってきたのか、と。
「違うわ、お家で飼っているのよ。よく卵を産んでくれる、とってもいい子なの」
「飼っているって……もしかして、お嬢ちゃんは……」
震える指をミルルに差して恐れおののくゴブリンに、俺が返事をしてやった。
「この娘は黒魔女グレタの孫、ミルルだ」
「グレタ様の孫!?」
「魔女の森で、とんだ失礼をしました!」
ゴブリンたちは一斉に退いて平伏した。それにミルルは眉をひそめる。
俺もグレタを盾にするのは不愉快ではあるが、狼狽えているゴブリンたちが面白く、複雑な気分になってくる。
「暮らすのは構わないけど、あなたたちまで怖がるのね」
「言っただろう、お祖母さんは立派な魔女だったって」
ゴブリンたちは耳をピクリとさせると、間抜けな顔を上げて、お互いを見合わせはじめた。
「あなたたちって、他に誰かいるんですかい?」
「そうよ、向こうの森で──」
と、言いかけたところで小川を辿る
ドワーフだ。悪魔のような笑みを顔いっぱいに浮かべて、溢れるよだれを拭っている。
「酒だ! 酒があるぞ!」
「あら? もう終わったの?」
「雨漏りなんざ朝飯前よ! 仕事が終わったら酒だ! 酒をよこせ!」
そうか、こいつらは無類の酒好きだ。よくもまぁ、森のこんな奥深くまで酒の匂いを嗅ぎつけたものだ。
しかしゴブリンたちは、そうやすやすと渡そうとはしない。
「せっかく持ってきた酒を、お前らなんかにやらねぇよ! あっという間に呑み干されちまう」
酒狂いのドワーフたちが素直に納得するわけがない。一斉に大工道具を構えて、ゴブリンたちに襲いかかった。
「みんな森のお友達でしょう!? 仲良くしなさい!!」
「ミルル、お互いそうは思っていないようだぞ」
ゴブリンたちは酒瓶を大事そうに抱えて足早に逃げ、ドワーフたちが狂ったように追い回した。この騒動を放っておくわけにはいかず、俺たちも足場の悪い森を走って後を追う。
「何て足の早い奴らだ」
「箒があれば、すぐ追いつくのに」
狭い木立の隙間の中をミルルが飛ぶなど、命がいくつあっても足りない。木を倒すだろうし、俺たちも無事でいられるはずがない。
ミルルの父は、蘇生薬を遺しているのだろうか。
追いかけた末、辿り着いたのは畑だった。ゴブリンもドワーフも入り乱れて喧嘩をし、麦や野菜を踏んづけている。
「せっかく麦の芽が出たっていうのに!!」
「私のパンケーキがぁぁぁ!!」
俺が『真実の斧』を振り回して蹴散らすか?
いや、ゴブリンたちは逃げ足が早いし、酒狂いのドワーフたちが
畜生、どうすりゃいいんだ。
するとミルルがしゃがんで葉をむしり取り、指先で丸めて耳に詰めた。
「ミルル、お前まさか……」
「アックス、耳を塞いでいてね」
ミルルは駆け出し、マンドラゴラを次々と抜き取った。
耳をつんざく絶叫に、ドワーフたちもゴブリンたちも、その場で倒れて気を失った。
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