ご近所さんができたよ②

「黒魔女グレタだって!?」

「最強の黒魔女だ!!」

「魔女の森だ!!」


 ドワーフたちは大慌てで道具を仕舞うと、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、木に、岩に、仲間たちともぶつかって、あっちこっちで転げ回っていた。


「もう……何で魔女っていうだけで怖がるの?」

「グレタ祖母さんが凄い魔女だったからだろう」

「そういうことなの?」

 納得してなさそうだが、何とかミルルをはぐらかすことが出来たようだ。

 このタイミングでは唐突すぎる。目にした光景を伝える準備が、俺に出来ていない。


「落ち着け! ミルルは俺が世話しているから、大丈夫だ!」

 ドワーフたちはピタリと止まり、不安そうに目配せし合い、恐る恐る願い出た。

「怖がってすまなかったよ。ここは本当に、いい森なんだ。魔女の嬢ちゃん、本当に暮らしていいのかい?」

「もちろんよ! それにしても、お家を作るのが上手なのね」


 ドワーフたちは短い腕を折り曲げて、力こぶを盛り上げた。力だけでなく技術もあるのだから、敵わない。

「おうよ! お礼に何か作るかい? 踏み台からクローゼットまで、何でもござれだ!」

「お家が雨漏りしちゃったの。屋根を直してくれないかしら?」


 お安い御用だ! と快く引き受けてくれたのでドワーフたちを案内していると、ミルルが小川を指差した。

「見て! お魚がいるわ!」

「もう上ってきたのか!? いくら何でも早すぎないか!?」

「こんないい森じゃあ、魚だって来るだろうよ」

「仕事が済んだら、こいつで呑みたいところだなぁ。酒さえありゃあ最高なのに」


 一夜にして訪れた劇的な変化にミルルはご機嫌でドワーフたちは楽観的、目を白黒させて驚いているのは俺だけだ。魔女の森では当たり前のことなのだろうか。


「アックス、何を難しい顔をしているの? これからはお魚も食べられるのよ?」

「ついでに釣り道具も作ってやろうか?」

「それは嬉しいが、どうもスッキリしないんだ」


 通りに出ると卵欲しさにミルルが召喚し、森に放したモンスターの鳴き声が響いてきた。

 ドワーフたちが森の奥を睨みつけ、意気揚々と大工道具を構えはじめた。

「何がいるんだ! 俺たちでやっつけてやる!」


[ヤマタノオロチがあらわれた]


「ひぃっ! あんなデカいのがいるのか!」

「ダメだダメだ、丸呑みにされちまう」

 まるで別人のように顔を引きつらせたドワーフたちは、大工道具を構えたまま後ずさりをした。


「ダメよ、喧嘩しちゃ。みんなのお友達なんだから、仲良くするのよ?」

 ミルルはそうなだめているが、果たしてドワーフとモンスターが仲良く暮らせるのか。通りを隔てて住み分けたままでも、いいのではないか。

 まるで、我々白魔術世界とベルゼウス率いる黒魔術世界の縮図だ。もしかしたら、解決の糸口が見つかるかも知れない。


 そのとき、怪鳥のような笑い声が森の奥から轟いた。いや、本当に怪鳥はいるのだが、この声の主はそれではない。

「また、ご近所さんだわ! 小川に沿って行けばいいのね?」

「おい、待て! すまんが、この通りの先に家があるから、勝手にやってくれないか!?」

と、ドワーフたちに屋根を託して、俺とミルルはモンスターが蔓延はびこる森へと分け入った。


 さっきまでとは打って変わって、森はじめじめと冷たく、土はぬかるみ、鬱蒼と茂った木々が光を一切通さない。おどろおどろしい雰囲気のせいで、小川のせせらぎもドロドロと聞こえてくる。

 そうそう、これだ。ミルルが作った、いかにも魔女の森という雰囲気だ。


「どうしたの? 怖い顔をしちゃって」

「暗い森だと何が出てくるか、わからないからな。つい……」

「お友達しか出ないわよ?」


 ミルルが言うようにモンスターたちは闊歩するだけで、ちっとも襲いかかって来ない。森の創造主にして召喚したミルルがそばにいるからだろうか。もし俺ひとりで歩いていたら、どうなるだろう……。


 小川に沿って森の奥へと進むうち、声の主が姿を見せた。焚火たきびのそばで車座になり、枝に刺したものを炙って酒盛りをしているようである。

 魔女の森で、こんなことをする連中といえば、あいつらしか思いつかない。


[ゴブリンがあらわれた]

[ゴブリンがあらわれた]

[ゴブリンがあらわれた]……


「お前たち、何をしている」

と、旅をしていたときの習慣で、モンスターには厳しい態度を取ってしまう。

「飯を食っているだけだ、文句あるってのか」

 こちらが喧嘩腰であれば、向こうも同じように返すのは当然だ。魔女と一緒に暮らしているのだから、態度を改めなければならない。

 が、他のゴブリンたちも「そうだそうだ」と呼応するので、やっぱり何となく腹が立つ。ザコキャラのくせに生意気な……。


 この間を取り持つ役目は、純真無垢なミルルがピッタリだ。

「でも、何だか楽しそうね」

「そうだろう、そうだろう。お嬢ちゃんも一緒にどうだ?」

 ミルルが輪に加わったので、俺も付き添うことになる。ゴブリンたちと席をともにするなんて……。

 いや、俺は魔王ベルゼウスと一緒にお茶を飲みそうになったじゃないか。ゴブリンと酒をみ交わすなど、今更気にすることもないか。

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