一緒に暮らそう③
ミルルと一緒に暮らすならば、グレタが死んだ虚しさを払わなければ。
恨みや憎しみが湧いてこないよう、胸の消し炭を完膚なきまで打ち消さなければ。
自身の過去と向き合うためには、真実のグレタに迫らなければ。
そう思っての、問いかけだった。
「お父様とお母様が亡くなってから、色んなことを教えてくれたの。魔法も家事も、全部よ!」
俺は「そうか」と頷くことしか出来なかった。
グレタは親代わりとして、時には黒魔術の先生として老い先短い身体に鞭打ち、命の炎が尽きるまでミルルを育てていたのだ。
それが証拠に、ミルルは何でもひとりでやろうとする。
まだ幼く不器用だが、健気に頑張っていることを、宿敵だったグレタに伝えてやりたくなってしまった。
墓前で伝えればいいのだろうが、燻っているものが
「それから、私が大きくなってからのこと」
「大きくなってから? どんなことだ?」
精いっぱい優しく尋ねたが、俺は動揺を抑えきれなかった。
まさか、白魔術世界の壊滅とか、世界を破滅に導く術とか、そんなことではないだろうか。
ケラケラと笑いながら森を焼き、箒に跨り飛び回るグレタの姿が思い出されて、腹の底から憎悪がこみ上げて来そうになった。
ダメだ……まだ忘れられそうにない……。
「旦那様の選び方よ。優しくて、頭が良くて、心の広い人を選びなさいって。お父様みたいねって言ったら、お祖母様も『そうよ』だって!」
悪魔のような業火で森を焼いたグレタも、孫の前では普通の婆さんじゃないか。
グレタが伝えた旦那選びの条件に、世界を揺るがす陰謀や策略など、あるだろうか。
何か秘密があるのかも知れないが、ごく普通のことにしか聞こえない。
「私も、お父様と結婚したいって思っていたの。でもそうするとお母様と喧嘩になっちゃうから、お父様みたいな殿方を頑張って探すの!」
これを聞いたミルルの父は、生きながらにして天に昇る気持ちになるだろう。俺だったら間違いなく、鼻の下を伸ばしてしまう。
しかし、実際にミルルの父は死んだ。
これほどに大好きだった父を失った。
文句を言っていたが、その口振りから母のことも好きだったに違いない。
いつ、どのようにして死んだのだろう。
墓石の様子から祖父はだいぶ前に、両親は数年前に葬られたようだ。
両親の死期と死因が明らかになれば、グレタが何故森を焼いたのか、何故グレタが妻と娘の命を奪ったのか、わかるかも知れない。
「お父様……」
ミルルは父の服を、抱きしめていた。
折れてしまいそうなほど細い腰回りは、くしゃくしゃになって潰れている。
窮屈そうな首回りは力なく前に倒れて、この服に袖を通す人はこの世にいないという事実を、俺たちに虚しく突きつけていた。
今は、両親の死因を聞くのは、やめておこう。
気丈に振る舞っているが、ミルルは頼れる身内を失ったことを、まだ受け止めきれずにいる。
喪失感を誤魔化すために、たくさん笑ってたくさん怒って、懸命に毎日を過ごしているのだ。
一緒に暮らしているんだ、いずれ聞けるときが来るだろう。
「ミルル、その服は取っておきなさい」
「でも……」
「大きさが合わないって、言っていただろう? 3つをひとつに直したらツギハギだらけで不格好だし、そもそも俺に似合う色や形じゃない」
ミルルは小さく頷いて、微かに笑みを浮かべると服を顔に寄せた。
「でも、おかしいわね。お父様は、もっと大きいと思っていたのに」
「大きくなったのは、ミルルのほうだよ」
まるで父親じゃないか。
自嘲していると、ミルルは父の服に顔を埋めてヒクッ……ヒクッ……と、肩を震わせた。
「ミルルは、たくさん笑う子だな」
「うん」という上ずった微かな声が、細い喉から絞り出された。
「グレタ婆さんの言いつけを、よく守っている」
「うん」という返事は詰まった喉でつっかえて、聞き取れないほど小さかった。
「思いっきり泣きなさい。グレタ婆さんの言いつけだろう?」
ミルルはグレタの遺言どおり、火の玉のようにワンワンと泣き出した。
俺はまるで父親のように、ミルルの頭に優しく手を触れて、ポン、ポン、と撫でるように叩いて慰めた。
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