第17話 side カタリナ

 その日、私…カタリナ・ハイエルンは憂鬱だった。

 アーティ第二皇子殿下から親友のアリア・エスペラント公爵令嬢へ手紙を届ける仕事を頼まれた。

 ハイエルン公爵家の馬車で皇都に置かれたエスペラント公爵家のタウンハウスへと向かう。

 本来であるなら、貴族へ対して何かを送る際は家内の使用人を使者として届けさせるものだが。

 今回はその使者役を私と他2人…参謀候補のフォロドワ侯爵令息とコールブライト子爵令息で請け負わされた形だ。

 爵位を持っていないとはいえ、貴族の令嬢令息を使いパシリにするなど、普通はしない。

 

 (殿下は貴族の常識に囚われないと噂で聞いていたけど……知らないでやっているのか、或いは知っててやっているのかでだいぶ印象が異なるわ)

 

 前者は馬鹿、後者ならとんだくわせ者だ。

 

 (最近の北部魔獣戦線の平定から色々囁かれ始めたけど、彼自体については前から噂はあった)

 

 アーティ殿下は私達の世代で現皇太子の第一皇子よりも衆目の的になっていた。

 

 神器に選ばれし者。

 初代皇帝の再来。

 帝国建国以来の麒麟児。

 

 彼を賞賛する声は高かった。

 しかし、

 

 (皇位、爵位継承権は基本第一子のものとする帝国法がある以上、一時的な騒ぎにしかならなかったけど)

 

 どんな優れた才覚を持とうが宝の持ち腐れ。

 帝国内を二分する派閥の片割れ、皇族派の絶望は計り知れない。

 

 (もし、アーティ殿下が立太子されていたら貴族派は相当な痛手であったはず。幼少の段階で九大始神の遺骸から造られたとされる天下九宝の一振りを持ち、魔眼すら所持すると云われる怪物が上に立つなど気が気ではない)

 

 私のハイエルン公爵家やアリアのエスペラント公爵家は特に、だ。

 貴族派閥の筆頭貴族である二家のどちらかと婚姻でも結ばされては家内から食い潰されるのは明らかだ。

 誰も怪物等と揶揄される存在を家族として受けいられないだろう。

 

 (その点…ノーザンやジェノヴァは皇族派だから喜んだはず…でも、動いた気配はない)

 

 他の四大公爵家のうち二家は皇族派だが、一切動いた様子は当時見られなかったらしい。

 ノーザン公爵家やジェノヴァ公爵家は初代皇帝の最初の妃、家臣だった者達の末裔だ。

 ノーザン公爵家など初代皇妃を輩出した家で皇族の姫を降嫁し、迎え入れた歴史があるので皇位継承権を持つ貴族だ。

 それだけに影響力が大きかった。

 でも…

 

 (お爺様の世代…先代皇帝が乱心し、外戚の血筋を皆殺しにしようとしてノーザン公爵家の血族は現公爵を除いて惨殺されてから、皇族への忠誠心が離れて皇族派も実質ジェノヴァだけ)

 

 先代皇帝の愚かな行いが帝国の治世に影を差した。

 現皇帝はその影を払拭しようと必死だが、良い成果が得られていない。

 

 (けど、アーティ殿下がノーザン公爵領で活躍して状況は一変した)

 

 唯一のノーザン公爵家の血脈を受け継ぐ公爵本人が第二皇子を気に入っているらしい。

 皇族嫌いの…あの公爵が。

 

 (ノーザンが第二皇子の後見に回れば、ジェノヴァも間違いなく、アーティ殿下につく。表向き政治的パワーバランスは取れそうだけど)

 

 私の想像通りなら。

 政治的だけでなく、軍事的バランスは明らかに皇族…否、アーティ殿下の元に偏る。

 北部の厳しい環境で育った兵士や騎士は精強だ。

 その戦力を麒麟児と名高き第二皇子が掌中に収めれば、皇位など関係ない。軍事力に託け、向かうとこ敵無しだ。

 

 (でも、あくまで予想。本当にそうなったら問題だけど…あの殿下がそんな火種を燃やすとは思えない)

 

 今日初めて会い、言葉を交わして分かった。

 アレはヤバい。同い年であるはずなのに纏う覇気が父親連中のものと大差…いや、間違いなく上回っている。

 あんな存在を敵に回そうなんて正気の沙汰じゃない。

 

 (お父様は殿下を取り込もうとされてるけど無理ね。逆に取り込まれる)

 

 私を婚約者候補に押し込んで操縦を計ろうとしたようだが、無駄だ。

 あの第二皇子は全て見透かしているように思える。

 本当に”千里眼”を持つなら神通の宿る瞳からは逃れられない。

 

 (初日でいきなりお使いをさせられるのも気になるわ。しかもよりよってアリアの家なんて)

 

 ただ手紙を渡して返事をもらう仕事とは思えない。

 あの第二皇子が書いた手紙だ。

 何かしらの謀略の匂いがする。

 

 (しかも、この顔ぶれで行けなんて……)

 

 フォロドワ侯爵家は中立派でその子息となれば現第二皇妃の甥。つまり、第二皇子の従兄弟にあたる。

 コールブライト子爵家は皇族派で現当主は北部方面担当の第二皇軍の副団長を務めていたはず。

 北部はノーザンの領域だ。最近第二皇軍の軍団長の収賄が取り沙汰されたばかりで、あの第二皇子が関わっている可能性がある以上、コールブライト子爵の子息も何かしら接点を持っているかもしれない。

 

 (今回集められた側近候補達は見事に各派閥の者達にされてる。これは第二皇子の意図か…それとも別か…)

 

 どちらにせよ。

 厄介な顔ぶれと一緒の仕事だ。

 ただ親友の家に気軽な訪問をしにいく訳じゃない。

 

 (手紙の内容によっては少し考えないとね)

 

 普通用事があるなら公爵本人に渡すもの。

 それをアリアを介して、その反応を見てから帰ってこいなど有り得ない。

 あの殿下の口振りを察するに最初からどう動くか予め分かっているような言い方だ。

 この手紙を渡せば、親友がどう動き、エスペラント公爵が如何なる反応を見せるのか。

 

 (本当に”千里眼”の持ち主なら……恐ろしい方ね)

 

 まだ私と同い年…13歳の少年であるにも関わらず。

 上級貴族達を掌で転がそうとしているその思考に戦慄を覚えながら、馬車はエスペラント公爵家のタウンハウスに到着した。

 

 

 

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