第16話

 

「ハイエルン公爵家長女 カタリナ・ハイエルンです」

 

「フォロドワ侯爵家次男 マロリー・フォロドワです」

 

「コールブライト子爵家長男男 カイウス・コールブライトです」

 

 部屋に三名の少年少女達が入ってきて、俺へ礼を尽くす。

 執務机の椅子に座ったまま、彼らの姿を見てから三人の家名を聞き、内心呆れる。父と母も人選は任せたがとんでもない子息令嬢を寄越してきたもんだ。

 

 (四大公爵家の姫に、母上のご実家…侯爵家を継いだ兄の次男坊。加えて第二皇軍の副軍団長の長男か…)

 

 親の爵位と立場を見れば錚々たる面子だ。

 皇太子の周りも然ることながら、皇族の側近候補となると納得のいく人選である。

 まして、皇族ながら今に至るまで側近候補を一人も置かずにいた俺が側近や騎士を紹介して欲しいといったのだ。

 差程、重要視されない第二皇子に対して、随分過分な人材を送り込んできたものだ。

 

 (ハイエルン令嬢は婚約者候補、フォロドワ令息は参謀候補、コールブライト令息は騎士候補といったところか…)

 

 婚約候補と参謀候補は相応の上級貴族が来るのは想定していたが、騎士候補の方は少し驚いた。

 

 (現在、第二皇軍は軍団長が不在で副軍団長の彼の父が指揮を取っていたな)

 

 元いた軍団長は汚職が発覚して現在判決待ちだ。

 帝国軍には第一から第五まで軍隊が分けられており、首都を防衛する為に常駐の第一皇軍以外は四方に分けられている状態に配置されている。

 その為、場所によっては首都から目が届きにくく、汚職もやりやすいなだ。

 因みに第二皇軍の担当は北部。本来なら魔獣対応は第二皇軍も参加して然るべき案件だった、

 にも関わらず、なんの対応もしなかったのはおかしかった為、色々調べさせた結果……出てくる不正の山。

 放置する訳にいかず、イヴァン経由で不正の情報を第二皇軍に流し、それ切っ掛けに副軍団長であるコールブライト子爵が動いて、軍団長の任についていた伯爵位の貴族は罪を問われた。

 おかげで第二皇軍は現在、副軍団長が指揮権を得ている。

 流れで行けば、副軍団長が軍団長へ任ぜられる。

 しかし、

 

 (20年前に小競り合いがあって軍の風紀が引き締められたようだが、軍団長は昔と違い、半ば名誉職に等しいからな。伯爵位以上でなければ付けない。コールブライト子爵が陞爵したら話が変わってくるが)

 

 主に上級貴族の者がつき、基本副軍団長と他幕僚達が部隊運用する。

 戦時下に置いて全皇軍の統帥権を持つのは皇帝と皇帝から任ぜられた大将軍。その下に各方面の将軍が居り、各方面皇軍を平時統率している。それが今の帝国軍の軍事体系である。

 因みに近衛騎士団は軍事体系とは別系統で、皇帝直轄の為に指揮権は皇帝にしかない。

 おかげで軍内の一部の愚か者が不正しているのが現状だ。

 もっとも、第二皇軍の軍団長の一件が原因で鳴りを潜めている。

 

 (何か功でもあげなければ、陞爵など認められないだろうし。代わりの上級貴族に頭の挿げ替えがされるだけだが…次はまともな奴が着任するのを期待しよう)

 

 北部は今回の魔獣征伐で第二皇子の俺と関係が深まった。

 長らく中央から遠ざかっていた北部貴族と縁を結ぶのに、代わりの軍団長に下手な者は付けられないはずだ。

 

 (出来れば、コールブライト子爵が陞爵されて地位に付いてもらいたかったが…まぁ、最悪手はない訳じゃない)

 

 他に適任が居ない訳じゃない。寧ろ適役だが、本人が激しく拒否をするのは目に見えて打診してないだけ。父である陛下の承認も取りにいかなければならず、手続きが子爵よりも面倒なのだ。

 

 (打診の手紙だけ送っておくか…)

 

 渋い顔を浮かべて次回の北部訪問で嫌味を言われそうだが仕方ないだろう。

 余計な思考をここまでにして、頭を下げたままの三人に声を掛ける。

 

「良く来た。ハイエルン公爵令嬢、フォロドワ侯爵令息、コールブライト子爵令息。顔を上げてくれ」

 

 促すと三人は顔を上げた。

 彼らと面会して話始める。

 

「帝国第二皇子 アーティ・フォン・アンブルフだ。今日は私の側近候補として君達は呼ばれた形となる。私事による急な呼び出しに応じてくれ礼を言う」

 

「いえ。第二皇子殿下の御噂は聞き及んでおります。皇剣の主のお側に仕えさせて頂けるなど光栄に存じます」

 

「そう畏まる必要はない。それにあくまで候補だ。君達が本当に私の補佐役になれるかは君達の働き次第だ」

 

 率直に実際、俺の補佐として働くかは彼らの働きと俺の意思次第だ。相手が上級貴族だろうが四大公爵家であろうが、見合う働きが為され無ければ傍に置く気はない。

 俺の発言に三人は眉をピクリと動かしたが、異論はないようで何も言ってこなかった。 

 俺は構わず話を続ける。

 

「早速だが頼みたい事がある」

 

「はっ、なんなりと」

 

 この場で1番位が高い家の人間はハイエルン公爵令嬢なので彼女が応答している。

 別に彼女だけに話している訳ではないのだが、他の2人は会話の受け答えを彼女に任せるようだ。 

 

「兄上の婚約者であるエスペラント公爵令嬢と面識はあるかな?」

 

「ございますし、格別親しくさせて頂いております」

 

「それは良かった。なら頼み事もしやすい」

 

 同じ公爵令嬢だし、お茶会などで接点はあるだろうと充てはつけていたが、丁度いい。

 俺は引き出しから手紙を取り出して机に置いた。

 

「この手紙をエスペラント公爵令嬢へ内密に届けてほしい。無論、三人一緒に向かってもらって構わない」

 

「はぁ…届けるだけで宜しいのですか?」

 

「いや届けた後、彼女に手紙の内容を確認してもらいたい。手紙を読んだ後、もし令嬢が父親の公爵に内容を伝えにいくようであるなら、君らはその場で待機して公爵の返事を貰ってきてほしい」

 

「もし、令嬢が何もしなかった場合は?」

 

「手紙は彼女に渡したまま帰ってきてもらって構わないよ」 

 

 中身を確認すれば、無反応である事はないだろうが。

 ただ待ちぼうけさせる訳にもいかない。

 

「令嬢が内容を確認したらそうはならないはずだ。頼んだよ?」

 

 仮にも次期皇帝の伴侶に選ばれてる令嬢だ。

 貴族の子息子女は早熟の者が多いから手紙を読んだ令嬢がどんな反応を起こすかは千里眼を使わなくても想像はできる。

 令嬢の反応と三人がおつかい先でどんな対応するか期待しつつ、俺は手紙を受け取り、部屋から退出する彼らの背中を見送った。

 

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