第11話 side リゼット
私が第二皇子の婚約者候補なんて、光栄ながら末恐ろしい噂はノーザン領内で情報操作をもって抑えこみ。
私と殿下の関係は軍務上の上司部下という間柄にどうにか落ち着いています
それから三日程経過した後。
イヴァンに執務室へ呼び出されました。
「リゼット。お前に仕事を与えようと思う」
「殿下の副官以外にですか?」
「あぁ。アーティが処理すると俺の沽券に関わるしな」
そう言ってイヴァンは私へ丸めた書状を渡した。
私は受け取り、書状の内容を確認する。
「判決書?」
「アーティから雑談程度に聞いてるかもしれんが最近、俺の領内でふざけた真似をしている傭兵達がいるようでな」
「はい。殿下から一度だけ…。これはその方達の?」
「そうだ。昨日も案の定、やらかした。それも見逃すには目に余るな」
冷酷な笑みを浮かべながらイヴァンは話を続ける。
「ほんとに舐めた奴らだ。一体、ここが誰の地か忘れているらしい」
声音は穏やかだが、言葉に殺意がこもっていた。
私は意見に同意する様に冷や汗を掻いて曖昧に微笑み返している。
「そういう訳でお前には俺の代理者として権限を与えるから、ちょっと街に行ってそいつら罰してきてくれ。刑罰内容はお前に任せる」
「わかりました!」
戦闘以外の仕事を任され、嬉しく私は快く了承した。
「お前はどうする?リゼットに付き添うか?」
「貴方の代理人なら護衛が一人くらいは必要だろう?」
ノーザン領内で私に勝てる人間など殿下かイヴァンくらいなものだ。付き添いは必要ない。
逆に、だ。
「帝国第二皇子が護衛とは剛毅だな 」
「わ、私は一人でも大丈夫です!で、殿下が護衛をされなくても…」
皇太子でないとはいえ、皇族だ。
しかも、私の知る限り帝国最強の攻城兵器といえるアーティ様を護衛にするなど申し訳ない。
「気にしなくていい。といっても気にするだろうから」
断る私にアーティ様はニコリと笑って言う。
「俺の信ずる最高の┃
アーティ様はそう言って私に自分の侍女の一人、ゾフィーさんを私の護衛として付けてくれた。
私は彼女と共にノーザン家の馬車に乗って街へと向かう。
ゾフィーさんは流石皇族の世話役とあって所作が洗練されていた。
それに…
(この人…ただの侍女じゃない)
見ていて動きがノーザン城内にいる熟練の騎士が如く、隙がない。
アーティ様からは彼女の家は武功を立てて爵位を得た貴族だとは聞いていたけど驚いた。
多分…ううん、間違いなく私…この人に接近されたら負ける自身がある。
と、そんな事を考えていたせいか。
彼女の事を無意識に見ていたら、ゾフィーがクスッと淡く笑みながら話をしだした。
「侍女らしくありませんか?」
「ふぇっ!?と、とつぜんなんです!?」
「いえ、ガーレン嬢が私を見ていらっしゃるので、私の佇まいや所作が侍女らしくないと思っているのかと」
考え事を見透かされ、私は居た堪れなく赤面する。
そんな私へゾフィーさんは会話を続ける。
「ご明察ですよ。私の生家、リービッヒ男爵家は騎士の家。両親より幼い頃から騎士として訓練を積んで参りました。殿下の侍女として召し上げてもらってますが、騎士の務めも担っています」
思った通り、ゾフィーさんは只者でなかった。
世話役だけではなく、戦闘も出来る万能メイドさんだ。
「殿下の周囲の方たちはゾフィーさんの様な方々が多いのですか?」
「殿下の周囲は本当に人が少ないのですよ。殿下は自分の目で信頼出来ると確信なさった方しか置きませんので」
意外だった。
皇族なのだから色々と人が付いていそうなのに、アーティ様の周りはそうではないらしい。
「本来なら相応の側近や侍従を持たれるのですが、殿下の周りは私と侍女長のニーナ様しかおりません」
「たった二人!?」
「常時居るのは私達だけで何か御用がある際は、近衛騎士団長のリヒター卿に願い出て、騎士を貸して頂いている状態です」
驚いたなんてものじゃない。
幾らなんでも、それは少なすぎる!
貴族の家の方が雇い入れが多いくらいだ。
「殿下御本人が身の回りの事は全てやれてしまえる方なので。私達が侍女の仕事は基本、掃除やお茶を入れて差し上げる事、食事の準備に何処かお使いへ行かされる程度なのです」
それはそれでたった二人で回すのは大変で激務ではないのでしょうか?と思わずにいられない。
「殿下御本人が全く手が掛かる事がありませんから、皇宮の侍女の仕事としては楽な方です」
「そうなん…ですね」
ノーザン城内で多くの使用人の方々に良くされている今の環境を私は恵まれたものと再認識し、色々やって下さっている事に感謝する。
「私としてはお仕えする方に色々と世話を焼きたいのですが、殿下は昔からしっかりされた御方で。最初は本当に自分より年下なのか疑った程です」
「それほどですか?」
「弱冠五歳ながら聡明な方でした。偉大なる初代皇帝陛下の神器に選ばれ、皇族特有の強力な加護を持ち、その力を発揮になされていた殿下は神童と皇宮内では話題だったものです」
それはリズも記憶にある。
第一皇子より少し遅れて産まれた第二皇子。
皇剣に認められ、強力な加護を宿した歴代稀に見る傑物。
もし、最初に産まれてきてくれたのなら。
帝国は最大の繁栄を約束されただろうと。
しかし、帝国の皇位や爵位は長男継承が通例。
如何に次男が類稀な才覚を持とうとも宝の持ち腐れだ。
「殿下がもう少し早くお生まれになればと。一部の貴族達は思ったものです」
私の家は逆だった。貴族派と呼ばれる派閥に属しており、彼らは皇族が力を持ち過ぎるのを嫌っていた。
だから、今の第一皇子を皇太子として支持している。
貴族派にとって都合の良い皇太子だから。
「でも、殿下は周囲の声を無視し、言いました。長子継承は古からの理。余程の理由がない限り、その取り決めに反せないと」
「余程の理由…ですか?」
「えぇ。国を窮地に陥れるような暗愚でなければ変わる事はないそうです」
確かに。
国を傾けるような輩など皇太子にしてしまう訳にはいかない。
というか…
(皇太子って…ディートリヒの事だよね。攻略キャラ筆頭の)
《黄金のSegen》のゲーム内でディートリヒ第一皇子はアーティ様と同様に攻略キャラで表紙に主人公のヒロインと一緒に描かれていたキャラクターだ。
メインの攻略対象である。
(四大公爵家の一つ、エスペラント公爵家の令嬢と婚約してたけど、ディートリヒはアカデミーで出会った男爵令嬢のヒロインに惹かれ、婚約者との婚約を破棄して彼女と結ばれるんだったっけ?)
ディートリヒルートの場合、大まかな流れはそのはず。
婚約破棄されたアリアはヒロインに対して酷い行いを幾つも起こした罪で投獄される。
ゲームの流れではそんな感じだ。
しかし、
(原作ではアーティ様はあれほど馬鹿げた力を持ってなかった。皇剣だって台詞とかに出てきたけど、作中1回も登場してないし、加護だって天候を支配するほど強力でもなかった)
既に原作設定の枠組みから逸脱してる。
私も含めて何かが違う。
(ゲームの世界観に似た異世界っていうのが合ってるだろうけど……歴史的流れもゲームの設定に忠実だから関係ないと言いきれない)
ここが《黄金のSegen》の世界に似た世界で、ゲームのイベントごとが忠実に起こるなら、私としては余り嬉しくはないが、先の動きを予想できる。
だが、
(始まるのはまだ先…。その間に何が起こるかは予想がつかない)
原作が始まる前の起こる事象を上手く思い出せない。
大きなイベント…┃
(これからはちょっと慎重にならないと…。本当なら残酷な戦場で擦り切れてるはずの私が良い待遇と重要なお仕事を任されてるんだから!)
只でさえ、本筋から外れている。
一体、これから先、原作開始前まで何が起こるのか分からない以上、私はより一層、気を引き締めた。
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