第10話

 ノーザン領に来た次の日。

 俺は城壁…第四防壁陣地に立っていた。

 

 

「悉く滅せーーーダインスレイヴ」

 

 

 鞘から皇剣を抜き放つ。

 黒曜石を鍛えた様な輝きを放つ黒刀を天へと掲げ、そこを起点に加護を持って天候を蹂躙する。

 空は曇り、雷鳴が轟き出す。

 ゴォっと強き風が地表を吹き荒ぶ。

 地を走る魔獣達は動き止め又は吹き飛んでいく。

 

 

「この地にお前達の居場所はないと知れ」

 

 

 美しき霊峰、壮言な雪化粧の大地。

 一片足りともお前達、獣が血で穢してよいものじゃない。

 例えお前達が自然の摂理の産物であろうとも。

 

 

「ーーー虚鵠一閃ツァラトゥストラ

 

 

 ここは人類の生存圏。

 俺達が手に入れた定住の地。

 奪い、蹂躙するなど許しはしない。

 故に悉く、無に還るがいい。

 魔獣達は俺の皇剣の斬撃によって完全に葬り去られた。

 射程外に居た魔獣達はその光景に本能的恐怖か、敗走を始める。

 だが、生憎とそれを見送るほど優しくはない。

 

 

「リズ」

 

 

 呼ばれて、雪の妖精の如き少女が俺の隣に現れる。

 彼女は身体中を帯電させながら手のひらを空へ向けた。

 雷雲が重苦しい音と紫電を迸らせる。

 そして…少女、リゼットは逃げる魔獣達の背へと手を振り下ろした。

 

 

「ーーーー雷槍ファランクス

 

 

 黒き雷雲より槍の雨が如く黄金の閃光が大地に舞い落ちた。

 けたたましい轟音が戦場に響き渡り、地震を錯覚する様な衝撃が大地を穿つ。

 敗走した魔獣達の群れは跡形もなく、無情にも死骸すら残らなかった。

 

 俺と傍らにリズのみがただ2人の生者として戦場に残る。

 皇剣を握る俺とその横に寄り添うリズの姿を見て、城壁に控えていた兵士がポツリと言った。

 

 

 

 

「ーーー双神デュナミスーーー」

 

 

 

 

 それは帝国建国時から語られる名。

 初代皇帝 ナハト・キサラ・フォン・アンブルフと。

 初代皇后 アウロラ・ノーザン・フォン・アンブルフを指す異名である。

 まるで、創世神話で語られる双子の神の様に表裏一体、一心同体とも思えるほどに仲睦まじく戦場を駆けていた姿から前世の俺や妻はその様に揶揄された。

 

 奇しくもリズは当時の妻とは髪色が違うが黒髪の俺と白銀髪の彼女の正反対な容姿にイメージが加速してしまったようだ。

 更に雷霆の加護持ちだから余計だ。

 なんせ、かつての妻の加護も雷霆だったのだから。

 それから、本日の魔獣襲来はないと兵を引き上げて城に戻る帰路。

 第四防壁の守備隊の中ではこの話題で持ち切りになり、噂は伝播してあっという間に城塞都市内に浸透していったのだ。

 よって、

 

 

「由々しき事態だな…アーティ」

 

「面白がってるな、イヴァン?」

 

 

 その翌日の昼。

 場所は打って代わり、ノーザン公爵城の執務室。

 大きな机を挟んで俺とイヴァンは直面した事案について話していた。

 

「リゼットが第二皇子妃候補なんて噂が流れるとはな」

 

「俺は一度もそんな発言してないんだが?」

 

「城内のお前達の様子なら噂が立っても仕方あるまい?」

 

 俺とリズは城内で大体一緒にいる。

 それは彼女がイヴァンから俺の接待役を命じられ、尚且つ戦線で副官をしていたからだ。その様子がこの事態を起こしている。

 

「神器に選ばれた皇子に雷霆の乙女…初代皇帝皇后方を想起させるネタとしては充分だ。《双神デュナミス》の逸話は僻地でもこの国で知らぬ者はいない」

 

 そうだろうな。

 俺も自分と彼女の活躍を幼い頃に母から寝物語に聞かされていたから知っている。

 

「幸いなのはノーザン領が閉鎖的で噂が領内で完結してることだ」

 

「それも時間の問題だぞ?ウチは確かに閉鎖的だが人の出入りがない訳じゃない」

 

  分かっている。

 早急に手を打たないと面倒な事になる。

 

「さて…どうしたものか…」

 

「いっその事、本当にしてしまえばいいんじゃないか?」

 

「ブッ!?」

 

 イヴァンの提案に俺は飲もとうとしたお茶を吹きかけた。

 むせて咳き込みながら彼を睨んだ。

 

「ゴホッ…んな真似出来るか!?」

 

「何故だ?皇帝から婚姻に関して好きにしていいと言われたのだろう?」

 

「それとこれとは話が別だ。せっかく陛下が下さった最高の交渉カードを使えるか!?」

 

「交渉カード?」

 

 俺の反論にイヴァンが首を傾げる。 

 

「将来、帝国にとって利益となりうる者、他国の姫を娶る必要がある時に俺の差配で自由に考えて行動に移せる貴重な権利だ。昨今の帝国の内部状況を鑑みれば、このままだとただ皇族との繋がりを強める相手と縁を組まされるのがオチだからな」

 

 現に水面下で母方の親族どもがゴリ押しをしてきている。

 更にそこへ現皇后も何やら画策している可能性もあるのだから、このカードは手放せない。

 

「お前…そんな事、考えてたのか」

 

「第二皇子は産まれた瞬間、皇太子の影になる宿命だ。皇太子が国の基盤を磐石にする備えをするなら、俺はそれを内外で確固たるものとする為に動かねばならん」

 

 建国から1000年。

 帝国は大陸一の強国として存在しているが、内部の実情は脆くなっている。

 

「貴族派が幅を利かせ出してる現状だ。それに周辺国も妙な動きをしている。有効に使わないと」

 

「お前の婚姻がそうなるのか?」

 

「兄上が皇族派で貴族派も真正面から相手に出来ないの四大公爵家のエスペラントとの令嬢と婚約したんだ。国内のパワーバランスを考慮するなら貴族派の家と婚約するか、影響力のない地方貴族の家と婚約するかだ」

 

 国内事情を鑑みれば前者だ。

 しかし、

 

「或いは他国の姫かだな」

 

「何処か仕掛けてきそうなのか?」

 

「西のドグラマが最近の報告だときな臭い。あそこも最近、立太子したそうだからな」

 

「あの国の王太子もウチのガキと同い年だったか?」

 

「ガキじゃない。皇太子殿下だ」

 

「お前よりガキな奴などガキで充分だろ」

 

 イヴァンは鼻を鳴らして兄の事を貶す。

 

「誰かに聞かれでもしたらどうする」

 

「フン!別に構わん」

 

 嗜めても不遜な態度は変わらない。

 ほんとに皇族嫌いだな。

 俺は別として。

 

「仮にもノーザン公爵家も皇族派だろう…」

 

「そう名乗った覚えはねぇ」

 

 不本意な顔でイヴァンは言った。

 俺は溜息を吐きながら話を戻す。

  

「兎も角、噂はどうにかしないとな。おもしろ、おかしく広げられても困る上、リズの今後に響く」

 

「ガーレン伯爵家は貴族派だったか?」

 

「一応な。貴族派内でも良い噂は聞かない」

 

 特に彼女の父親は後暗い事をしている噂がある。

 

「リズの立場を利用しようとするだろう」

 

「皇族から覚えめでたき雷霆の乙女を利用とは…ない話ではないか」

 

「死地に差し出しながら掌を返して擦り寄るはずだ」

 

 そういう輩は今も昔も腐るほど見てきた。

 己が利益の為ならば、己の子を犠牲にする奴らを。

 

「今は”時”じゃないから見逃しているけど、貴族派を整理する時には消えてもらう。それまでは静観だ」

 

「酷い奴だ。仮にも自分の副官をダシに使うつもりか?」

 

「彼女を副官に推したのは貴方だろ?批難されるなら貴女も同罪だ」

 

 互いに憎まれ口を叩き合う。

 俺もイヴァンも根っこの部分は同類だ。

 イヴァンはノーザン公爵として領内の安定と領民が大事。

 俺は帝国の領土安定と臣民が大事。

 彼も俺も規模に違いはあれど、自分を育ててくれた土地とそこに暮らす人々を護る事が己の使命としている。

 故にそれを護る為ならば、俺もイヴァンも例えに気に入っている人間だろうと災難に巻き込む。

 それが俺達が…皇族、貴族として産まれた者の務め。

 産まれた時より富める側だった人間としての義務だ。

 

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