第9話
北部から戻って一ヶ月後。
俺は再びノーザン公爵領へと来ていた。
今回は父からの命令ではなく、皇族の慰労という体を装った現況視察だ。
だから、前回との違いは護衛や世話係を連れてきている事だろう。
「ほ、北部は寒いですね…殿下」
「しっかり着込んでおけ。身体を壊す」
「殿下は寒くないので?」
「皇剣の加護のお陰でな」
((ひ、一人だけズルい!!))
身体強化は肉体能力を全体的に向上させる。
応用を効かせれば、体温や代謝機能を操作するなど造作もない。
侍女二名が北部の寒さに耐える姿を見ながら、俺達はノーザン公爵領城塞都市に到着を果たした。
都市内に入りノーザン公爵の居城へ行くと意外な人物が待ち構えていた。
「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」
一月振りに見る姿。
ノーザン領に降り積もる雪の如き白銀の髪。
紅玉の様な輝く綺麗な瞳、
御伽噺に現れる美貌の少女が質素だが良質なドレスを纏い、出迎えてくれた。
俺の北部戦における副官 リゼット・ガーレンだ。
「”リズ”。君が出迎えとは。第二防壁の守備はいいのか?」
「最近は魔獣達の襲撃も緩やかでして。そちらは副官に任せ、本日はノーザン公からアーティ様の応接を任されました」
彼女は一応、伯爵令嬢だ、
礼節は心得てるし、城内に女性の令嬢は居ないから女主人不在のノーザン領内の人間で一番適任ではあるが。
「ノーザン公は忙しいのか?」
「各防壁の視察へ出向かれています」
逃げたな。
今日は慰労、視察が趣旨だから俺以外にも皇宮の者が来ると想定して関わらないように出迎えにこなかったのだろう。
彼は皇族も嫌いで皇宮に務める人間も好いていないのだ。
「相変わらずだなっ」
「申し訳ありません…」
「君が悪い訳ではないよ」
言葉通り、申し訳なさそうな表情をするリズに俺は笑いかける。
「では、リゼット嬢。案内を頼めるかな?」
「はい。どうぞ、こちらへ。まず一息つかれて下さい。身体が冷えてますでしょう?お茶を用意させております。お荷物は客室に運んでも?」
「彼らに任せる。客室へ案内を」
「畏まりました」
リズは頷き返すと、近くの執事に声をかけてミーナとゾフィーや護衛達を客室へ案内するように計らう。
俺はリズと共に貴人を持て成す謁見室に通されて一緒にお茶を飲み、歓談する。
「あれからどうだい?隊長職には慣れたかな?」
「殿下のお陰で恙無く。第二防壁守備隊は殿下が選ばれた精鋭ですから。皆、私を護って指示を聞いて下さいます」
「雷霆の加護を持つ君が苦戦する魔獣などいないだろ」
「騎士の方々と違って剣技は不得手ですから。近づかれる距離まで来られたら苦戦します」
「そんな距離まで魔獣を近づかせる君じゃないだろう」
応用で戦闘時に、常時周囲を電磁防御しているので、近づく相手は触れた瞬間に感電、丸焼けである。
「他の貴族家から来た子息や子女達はどうだい?」
「みなさん、生きるために訓練に励んでおられます」
「使いものになりそうかな?」
「さて…公爵がどう考えておられるか分かりません。しかし、当面はまだ狩り残しを処理させると申していました」
つまり、前線で扱うには不安があると。
まぁ、今まで家に依存してきた輩(リゼットの様な境遇の者は除く)が大多数だ。すぐに兵士に成れるとは思っていない。
「これからの課題だな」
「はい」
リズが俺の言葉を肯定する。
それを最後に暫く俺達は会話を止めた。
パチパチと暖炉の薪が燃える音だけが部屋に響く。
「殿下…」
「ん?」
リズが口火を切った。
「今回、北部にはどのようなご用事で?」
「イヴァンから何も聞かされてないのか?」
あの男の事だ。
リズを揶揄う為にわざと言わなかったんだろう。
「一応、表向きはノーザン兵達への慰労と領内視察が目的だ。北部は兵不足を補う為に傭兵ギルドから傭兵を多く雇い入れてる。そのせいか領内の治安が他領よりも良くない」
北部は意外に目に見えない部分で問題を抱えている。
前世、俺自身が皇帝として憂慮してたことが表出しているのだ。
「此処に居る間に調べさせたが、領内で傭兵達が横暴な真似をしてるらしい」
「まさか…」
リズが信じられないといった顔で呟き返す。
慌てて、頭を下げてきたが彼女の考えはこのノーザンの常識に照らせば正常だ。
あのイヴァン・ノーザンの領内で無法を働くなど死にたがりとしか思えない。
だが、
「イヴァンも周知はしてたんだろうがな。でも、当時は魔獣討伐で手一杯だし、傭兵の兵力を当てにしてた。多少の横暴は黙殺するしかなかったんだろう」
イヴァンは領民を大事にしている。
その領民に対して横暴を働く外様の傭兵を内心、始末したかっただろうが状況が許さなかった。
しかし、だ。
「でも、もう許してやる必要はない。傭兵ギルドとの契約が切れても北部の戦線は安定する」
「?何故ですか?」
「増員が来たし、俺が各防壁陣地に設置した魔石の罠は少数兵力でも魔獣共を相手どれる戦場を構築する。増員の奴らが成長したら加護持ちの彼らは良い騎士か魔法使いになる。戦力は徐々に整っていくよ」
寧ろ傭兵にこれ以上頼らない状況を作った。
イヴァンは傭兵に代価として相応の給料を払っているのに、領内で我が物顔するとは笑止千万だ。
「別に傭兵達を追い出そうとは思っていない。彼らにも生活があるからね。ただ、思い出してほしいだけだ」
「思い出す?」
リズが小首を傾げて俺を見る。
俺は微笑み返しながら告げる。
「此処が一体、誰の地なのか。もう一度思い出してもらわないとね?」
そう言うとリズがピシリと表情を固まらせた。
何故か俺の顔を見て冷や汗もかいてるように見える。
そんな怖い顔してたか?
「という訳で。無法者達を処理するまでこちらに居る。滞在は一週間ほどだろう」
「畏まりました。滞在間、殿下が心身休まれますよう務めさせて頂きます」
「本来ならそれはイヴァンが言うことなんだがな」
「あはははは…」
俺の囁かな皮肉にリズは笑って誤魔化した。
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