第8話

 北部の戦線が落ち着きを見せ。

 任務は完了したものとノーザン公爵と認識を合わせて、俺は皇都へ帰還することになった。

 とはいえ、大発生現象が沈静化しただけで北部は魔獣の脅威に晒され続ける土地柄な為、貴族家から徴兵した戦力は容易く戻す訳にはいかない。

 だから、俺は皇都に戻るとすぐに父へと謁見を取り付けた。

 

「お前から来るのは珍しいな。北部の一件、ご苦労であった」

 

「勿体なきお言葉。任を果たせ正直安堵しています」

 

 謁見の間で父である皇帝と対面し、労いの言葉をもらう。

 

「いや。本当によくやってくれた。お前の働きはノーザンから文で報告は受けている」

 

「当然の事をしたまでです」

 

 仕事だ。

 やり遂げないと死なのだから頑張るだろう。

 

「謙遜するな。それで?わざわざ報告の為に急ぎ、余と謁見を取り付けた訳ではあるまい?」

 

「はっ!北部へ徴兵した貴族家からの増員について御相談が」

 

「なんだ?申せ」

 

「北部の戦況、落ち着きが戻りましたが元来、かの地は魔獣の脅威に晒されやすい土地。積雪地の魔獣達は厳しい環境に適応する為、強靭で数も多い。対して北部の兵力は常にギリギリです」

 

「何が言いたい?」

 

「徴兵した者達をこのままノーザン公爵領に留めて頂きたいのです」

 

「ふむ…兵力増強、戦線維持の為か?」

 

「はい。もとより徴兵された子息子女は家門では継承権が低いか又はない者達。自分でこれから職を見つけねばなりません。北部は就職先に事欠かないかと」

 

「なるほど…だが、送った者の中には有力な貴族の者も多い。何かあれば、余らを糾弾しはしないか?」

 

 元々彼らは皇帝の命によって北部行きになった。

 有力貴族の関係者であろうと皇帝の命は絶対。

 まして、魔獣討伐は命懸けなのは周知。

 何かあっても責められる謂れはない。

 

「元より初動で兵力をノーザン公に貸していたら起こりえなかった事態。初期兵力の増強を嫌がったとのは、当の貴族達です。今更、何か言ってきても無視して宜しいかと」

 

 反対したのは貴族派の貴族達で、派閥に入っていない貴族家達はとんだとばっちりだが、仕方ない。

 

「彼らの感情より北部の安定を優先すべきかと」

 

「…そうだな。分かった。送った者達は暫くノーザン領に留めおこう」

 

 俺の要望を父は皇帝として聞き届けてくれた。

 だから、

 

「つきましては、陛下の懸念を軽くする為に定期的に私がノーザン公爵領へ赴きましょう」

 

「本気か?」

 

「定期的に皇族が慰労を兼ねてノーザンへ赴けば、徴兵に応じた貴族達も反発はしないでしょう」

 

「…良かろう。この対応はそなたに任す」 

 

「ありがとうございます」

 

 よし。これで大手を振ってノーザン公爵領へ行ける。

 あまり干渉されるのをノーザン公は気に食わないだろうが、その辺りは彼への中傷を阻害する効果もあるので飲み込んでもらうしかない。

 俺の思惑通りに事が運び、もう話すことは自身なかったが父は話をまだ続けた。

 

「アーティ」

 

「はい」

 

「お前の婚約者の話なのだがな」

 

 今の話の流れで爆弾投下してきやがったな、クソ。

 

「お前が好きに決めよ」

 

「……はっ?」

 

 父の言葉に俺は呆気に取られた。

 その様子が面白かったのか、父は口元に笑みを浮かべて更に言う。

 

「自身の伴侶は自分で好きに選べと言った。お前の思うにせよ。政略、恋愛どちらでもかまわん。それが此度の褒賞だ」

 

「宜しいのですか?」

 

 皇帝の席にはつかない身の上だが、現皇帝の実子だ。

 使い道は色々とあるはずなのに。

 

「良い。お前は賢い。何が最善かを選ぶ人間だ。余が直接、何かしてやるよりも自分から進んで行うだろう」

 

 そんな風に言われては何も言えない。

 ある意味、強力なカードを自由に使えるようになったと思えばいい。

 

「此度は大義であった」

 

 最後に父がそう会話を締めくくった。

 謁見を済ませると俺は皇宮の自室に戻った。

 部屋へ入るとミーナとゾフィーが迎えてくれる。

 

「「おかえりなさいませ、殿下」」

 

 二人に出迎えられ、俺は漸く帰ってきたという気持ちになる。椅子に腰掛けて一息ついた。

 

「不在間、何もなかったか?」

 

「ベアトリス妃殿下がお出でになりました」

 

「母上が?」

 

 今生の母、ベアトリス・フォロドワ・フォン・アンブルフ。

 元侯爵家の令嬢で現皇帝の唯一の側妃だ。

 

「一体、何用で来たんだ?」

 

 身体を弛緩させ、怠そうに座りながら聞く。

 聞きたくない。嫌な予感しかしないからだ。

 

「あちらを置いていかれました」

 

 ミーナが手で指した先には山の様にある本。

 

「お見合い本です」

 

「やっぱりか…」 

 

 更に俺は椅子で深く脱力する。

 

「息子が死地へ向かって、そんなものを置いていくとは」

 

 何を考えてんだ?あの母親は!

 

「妃様は殿下が北部から元気にお帰りなるのを確信しておられました」

 

「あの息子が魔獣に遅れを取るわけがないと」

 

 母は俺が普通の子供じゃない事にすぐ気づいていた。

 気づいた上で俺のやりたい事、やる事に口を挟むことなく、見守っている。

 本来なら、俺の側近やら護衛等を実家のフォロドワ侯爵家の縁類で固めさせたいだろうに。

 俺の我儘を聞いて、家に影響や恩恵を与えるような人選をしない。

 側妃とはいえ、母は聡明な女性だ。

 本当は貴族の事情を考慮しなければならない立場だ。

 皇族になっても貴族の縁が切れる訳じゃない。

 だから、このお見合い写真は彼らに対するせめてもの配慮なのだろう。

 同時に無愛想な息子をからかいに来たってとこだ。

 しかし、

 

「母上の楽しみを一つ奪ってしまうな」

 

「は?どういうことです?」

 

「さきほど陛下から自身の婚約婚姻関して自由にして良いと言われた」

 

 俺の言葉に二人が固まる。 

 

「ま、誠ですか?」

 

「あぁ、今回の北部での働きの褒賞らしい」

 

 俺が役職や金銀財宝の類いを喜ばないのを父だけによく理解している。

 

「だから、こういう見合い本は貴重だ」

 

 そう言って、ゾフィーに山の上から見合い写真を取ってもらう。中に描かれた写真を確認した。

 

「貴重ですか?」

 

「見合い本には家名や趣味、個人の簡単な来歴が記されている。それだけでも色々と貴族の情報が読みとれるもんだ」

 

 今までは婚姻に関して興味がなかったが、これからはそうはいかない。帝国に益となる伴侶を皇族に迎えて帝国の柱を磐石のものにしないと。

 端から捨てていた見合い本も情報収集の一環として必要になってくる。

  俺や皇家にとって都合の良い女性を俺自身が選ぶのに必要だ。

  

 

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