第7話 sideリゼット

 私はリゼット・ガーレン。

 アンブルフ帝国 ガーレン伯爵家の次女である。

 唐突だけど、私には前世の記憶があった。

 それもこの世界ではない違う世界。

 日本という国でキャリアウーマンとして生き、そして事故によって死んだという記憶。

 あちらで死んで意識が薄れ消え。

 次に意識が浮上した時、私は今の身体…リゼット・ガーレンという少女の中にいた。

 思わぬ第二の人生に当初はラッキーと思っていたけど、よくよく記憶を蘇らせ、絶望した。

 

 リゼット・ガーレンは悪役。

 乙女ゲーム《黄金のSegen》の敵キャラ。

 しかも、悲惨な幼少背景を持って、それが原因で歪んだ悪役で無駄にハイスペックな性能を持った少女である。

 そんな少女に憑依?転生?した私はどうしようかと頭を抱えた。

 環境は劣悪。家族も最悪。正直、記憶を思い出して現実を直視すればするほど鬱になりそうだった。

 

 だけど、落ち込んでも状況は好転しない。

 幸い、私はリゼットだけど乙女ゲームの悪役であるリゼットじゃない。

 これから何が起こるか知っているのだから闇堕ちする心配はない。

 状況はハードを越してルナティックだけど大丈夫。

 なんとかなると自分を奮い立たせた。

 

 しかし。

 ゲームの流れ通り…家族に北部へ私は送り出された。

 北部の魔獣大発生。その戦線の戦況が思わしくない為に各貴族家は戦力の補充要員として加護(魔法の様な力)持ちを一人、戦線へ送るように皇帝の勅命を受け。

 

 ガーレン伯爵家は婚外子の私を体のいい厄介払いとして北部へ売り飛ばしたのだ。

 この北部こそ、リゼットが闇堕ちする原因を作る要因となる場所。凄惨で陰惨な戦場は幼い少女に一生癒えぬトラウマを与え、彼女の闇を冗長させるのだ。

 

 本来なら。

 中身が乙女ゲームでのリゼット・ガーレンであったなら、そうなった。

 でも、私は乙女ゲームのリゼットじゃない。

 大人で自制心を持った魂が入ったリゼットである。

 例えどんな酷い光景が広がろうと、耐えられないまでも心が壊れるまでいかないという自負があった。

 

 いや、絶対に闇堕ちするような状態と状況を作らないと心に誓い、北部の寒さ厳しいノーザン公爵領の地に足を踏み入れた。

 

 はずだったのだけど……

 

 

 

「虚無へ誘えーーダインスレイヴ」

 

 

 

 私の固い誓いは上司にして乙女ゲームの攻略キャラの一人。

 帝国第二皇子 アーティ・フォン・アンブルフ殿下の存在によって軽々とぶち壊された。

 ゲーム公式設定では一応最強に位置付けされていたアーティだが、私の知る現実の第二皇子様は最強を通り越し、チート…いや、戦闘や戦場において完全無欠のバグキャラになっていた。

 ゲームでは毎日死闘の連続となっていた描写が彼の存在で一気にハードからイージーに早変わり。

 それでも命の危険は常ではあるが、少なくとも北部の騎士達が死力を尽くして戦に臨むような状況にはならなくなった。

 

 アーティ様(本人が殿下呼びを嫌った)が知恵を駆使し、魔獣の遺骸に残る魔石を応用して、加護の魔力に反応し、大爆発が起こる様な仕掛けを四方の防壁外へ仕掛け。

 遠距離攻撃で発動するように調整し、魔獣が密集したら一気呵成に殲滅する様な場を整えたおかげで兵力の損害が極端に減った為に、戦線を徐々に押し上げる事に成功。

 魔獣大発生を解決するきっかけを作ったのだ。

 変わらず人手は圧倒的に足りないが、兵力の減少は止まり、戦線は安定するようになった。

 

 おかげで。

 

「リゼット様〜」

 

 ノーザン公爵家の居城で私は良い待遇を受けていた。

 理由は私がアーティ様の暫定副官扱いで、この城の主たるイヴァン(呼び捨て)がどういう訳か特別扱いしてくれるからだ。

 お仕事で、アーティ様ほどではないが私の強力な雷撃の加護は戦場で活躍し、沢山の戦果を上げているからだろう。

 それに城で女の子は私だけなので、城勤めの侍女や執事さん達にとって一種のマスコット扱いだ。

 その為、城内で私はある種、自由に動けていた。

 正直、ガーレン伯爵家での生活より快適である。

 そうして、充実した日々を過ごしていたら、

 

 

「リゼット。お前を第二防壁守備隊の隊長に任ずる」

 

「…え?」

 

 突然、イヴァンに呼ばれ執務室に来たら。

 彼は私にそう言った。

 いきなりの事に戸惑っていると、イヴァンは話を続けた。

 

「アーティが皇都に帰国する事になった。あいつがここに来たのは皇帝から戦線を押し上げるよう命じられたからだ。目的を果たした今、皇都に戻ろなきゃならん」

 

 イヴァンの言うことが事実だ。戦線はアーティ様のおかげでかなり押し上げられている。魔獣の危機は常の土地だが、大発生現象は治まる傾向にある。

 もう、アーティ様が北部に留まる理由がない。

 でも、

 

「何故、私が隊長なんですか?」

 

「アーティの推薦だ。俺もお前が適任だと考えてる。あいつの副官として一番戦線が激しい第二防壁で戦ってきたお前ならば他の騎士達も文句を言わん」

 

 私は強大な雷撃の加護持ちなので実力も申し分ないということらしい。

 だが、懸念事項はある。

 

「実家は気にするな。大発生現象スタンピードは落ち着いたが北部は常に人手不足だ。お前を含め徴兵された貴族家からの増員はそのまま働かせるよう、アーティが皇帝に進言してくれるそうだ」

 

 それを聞いて私は内心安堵する。

 実家の伯爵家は私を捨てる気持ちで北部へ送ったのだから、私の生死に関して関心はなさそうだが、今の私には付加価値が出来てしまった。

 

 (戦場でアーティ様…皇族の方と繋がりが出来たのを知られたら絶対面倒なことになる)

 

 自分の事は良いが、皇族である彼に迷惑が掛かる懸念は避けたい。

 可能性を排除する為にも私は皇都に戻される訳にはいかなかった。

 そんな私の心情が分かるのかイヴァンが言う。

 

「お前とアーティの繋がりは秘匿しているから心配するな。あいつからもお前の事は実家に漏れないよう念を押されたしな」

 

 流石、アーティ様。

 後顧の憂いは断つように既に動いてくれたようだ。

 

「ともかくお前が隊長になるのは確定だ。アーティから引き継ぎをしっかりしろよ?」

 

「分かりました!」

 

 こうして私はアーティ様に代わり、ノーザン公爵領第二防壁守備隊の隊長となった。

 まだまだ先行きは不安だけど闇堕ちしないよう、リゼット・ガーレンは今日も一日頑張ります!

 


 

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