第5話
次の日。
用意された旅の荷物をリヒターに頼んだ近衛騎士団で脚の早い馬を借り受け、俺は北部ノーザン公爵領へと旅立った。
幾つかの街を経由し、目的地の到着したのは出発してから五日後の昼だった。
「帝国第二皇子 アーティ・フォン・アンブルフ殿下、御到着!?」
供回りを連れていなかったので先触れが出せず、突然の皇族到着にノーザン公爵領の最北部にある戦線の拠点、城塞都市は慌ただしくしながら俺を迎え入れてくれた。
公爵と面会するように城内の役人が手配をしてくれようとしたが、
「ノーザン公と会う前に戦況を教えてくれ。今日も襲撃を受けているのだろ?」
「はっ、あ、はい。本日は第二防壁側…一番攻勢が苛烈な方に襲撃が」
「第二防壁の方向は?」
「あ、あちらです」
役人の指差す方向を確認して俺は踵を返した。
そして、
「目覚めろ…”ダインスレイヴ”」
そう口にした瞬間。
腰帯に一振りの漆黒の刀が現れた。
俺の佩剣…皇剣と呼ばれし黒刀。
神の強大な加護を宿した刀の形をした兵器である。
「あ、アーティ殿下!?なにを!?」
「ノーザン公もそちらに居るのだろう?挨拶がてら戦況視察をしてくる」
「は、はい!?」
戸惑う役人を尻目に俺は指し示された第二防壁の方向へと跳躍した。都市内の家屋を足場に屋根伝いで移動する。
皇剣の加護による身体強化によって普通に走って移動するよりも早く目的地に到着した。
第二防壁と呼ばれる城壁へと飛び移ると、そこにいた兵士達が驚きの声をあげる。
彼らの声を無視して、俺は城壁下を見る。
そこは文字通りの地獄絵図。
数え切れぬ魔獣達へ兵士達が立ち向かい、戦うも喰われていく様。
俺は奥歯を噛み締めながら、腰に挿した黒刀を抜き放つ。
そして、城壁から飛び降り、魔獣達の前に立った。
「魔獣風情がーーー今一度、思い出せ…」
黒刀を天に掲げて宣告する。
「この地はお前ら如きに穢させぬ」
雲に覆われた空がより深く暗い色に染まり、雷が轟き、暴風が巻き起こった。
魔獣達は本能による警鐘に従ってか、恐怖に動きが鈍った。
「総てを無に帰せーーダインスレイヴ」
刃を横一文字に眼前の魔獣達へ振り抜いた。
目に映る総ての魔獣が黒刀から放たれた虚無の闇に飲み込まれていく。得体の知れない力の前に遠くの魔獣達は危険を感じたのか踵を返し出す。
「一匹たりとも逃しはしない」
壮絶な殺意と覇気が俺の身体から放たれ、魔獣達の肉体が硬直させた。
一匹残らず我が剣のサビと成り果てよ。
「ーーー
居合の要領で放たれる斬撃。
視界に収まる総ての魔獣はその一撃に飲み込まれ、跡形もなく消え去った。
喧騒から静寂へ、さきほどの死闘が嘘のような平穏。
目の前の状況に唖然としていた兵士達は次々に我へ返り出すと、雄叫びを上げだしていった。
「おぉぉぉ!!」
「勝ったァァァァ!!」
「奇跡だぁぁぁ」
俺は兵士が歓声をあげる中、納刀すると城壁へ戻ろうと歩き出す。すれ違う兵士達が俺を讃えるように声を掛けてくるのを適当に返していると、城壁の方から人が走って来た。
「アーティ・フォン・アンブルフ第二皇子殿下!!」
走ってきた人物は滑る様に俺の前に膝まづいて頭を垂れて呼んだ。その人物からもたらされた俺の名に周辺兵士の歓声がピタリと止まる。
「ノーザン公が是非お会いしたいとお待ちです。お出で頂けますでしょうか!?」
「ノーザン公は城壁の上か?」
「はっ!その通りにございます」
ノーザン公爵の態度は明らかに皇族に対する応対ではないが、別に気にしない。
彼が皇族嫌いなのは貴族間では有名な話だ。
不敬な態度や待遇だろうと、建国より続く名門貴族である。
多少不敬でも気にはしない。
皇族嫌いの貴族など、まるで初代のノーザン公爵のようで寧ろ、昔を懐かしく感じてしまう。
「行こう。案内を頼む」
そう答えると俺は膝を折る人物を立たせて公爵の元へ連れていってもらう。
だが、その前に
「残存将兵の者達よ。残る魔獣の遺骸を早急に焼却処理せよ。逃げた山の魔獣共が血に酔って再び降りてくるぞ」
「「「は、はっ!!」」」
さほど大きくはない声量だが、確かに俺の言葉は届いたのだろう。生き残った兵士が慌ただしく動き出した。
「勝手に命じて済まない」
「いえ!私がすべき事を。申し訳ありません!」
頭を下げられ、苦笑を浮かべながら案内役と共にノーザン公爵の元へ向かう。
城壁の一番高い場所に来ると、そこには背の高いがっしりとした体格の鎧と外套を纏う白銀の髪をした男性が立っていた。
「北部方面司令官イヴァン・ノーザン公爵ですか?」
「そういうお前は、あの皇帝の第二子 アーティ・フォン・アンブルフで合ってるか?」
子供とはいえ皇族に対してお前、皇帝に対してはあの、などと形容し呼ぶなど、本人前にして言えば貴族常識的に不敬でしかないが、生憎それを咎めるつもりは俺には皆無だった。
それをノーザン公爵も分かっていての発言だろう。
「えぇ、帝国第二皇子のアーティ・フォン・アンブルフです。以後よろしくお願いしますね?ノーザン公」
「フッ…まさか皇帝陛下が第二皇子を寄越してくるとはな」
「私ではご不満ですか?」
「いや、逆だ。かの有名な初代皇帝様の再来と噂されるお前さんが来るとはな。てっきり箔づけに兄貴の方か、もしくはリヒターの野郎が来ると思ったぜ」
確かに父の頭にその案もあっただろうが、近衛騎士団長であるリヒターは容易く皇都からは動かせない。
兄は箔づけするにしても、実力や経験値が足らなすぎる。
「熟考の上、私が最良と判断されたのです。特に現状の戦況を鑑みて」
「ほぉ。今更だな。俺は陛下に当初、予定する兵力では足りないと進言していたんだがな」
恐らく陛下は増員しようと考えていたが、貴族派の連中が止めたのだろう。
だが、漸く状況の不味さに気づいて、陛下に詰め寄ったが当初に兵力を出すことに渋ったから代償に家から子息子女を出すよう言われている。
「既に各貴族家門から加護持ちが一人ずつ来ていませんか?」
「来ているが使い物にならん。あれでは肉壁にしか使えん」
「肉壁だろうと使い道はあります。加護持ちですから、魔法が使えますよね?」
「後方支援で使えって?背中が怖くないのか?皇子殿下は?」
「確かに怖いですが、これからの帝国を憂慮するなら使い物になってもらわないとお話になりませんよ」
尻を引っぱたいてでも戦線には出す。
「でも、戦況がこの有様ですからね。尻込みするでしょう」
「あぁ、どいつもこいつもビビっちまってる」
「なら多少、安全に魔獣を狩れるよう場を整えてしまえばいい」
俺の台詞にイヴァンが顔を曇らせた。
「簡単に言うじゃねぇか、皇子様」
「簡単じゃないのは百も承知してます。多少、策を弄しますし、私も前線に出ますから難度は下がりますよ?」
優れた未来の側近や部下候補を得るためだ。
協力は今回惜しみはしない。
「いかがですか? ノーザン公。私に兵力を少し預けてみませんか?」
俺がそう提案すると彼は面白そうな笑みを口に浮かべ、見定めるような眼差しで見てきた。
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