第4話

 会話をしながら謁見の間に到着すると。

 重厚な扉が開け放たれて俺は部屋の中へと通された。

 長く敷かれた赤い絨毯の上を歩いていきながら、奥の玉座に座るこの帝国の最高権力者から声の届く距離で止まり、膝を折って頭を垂れる。

 臣下の礼を取り、実の父へ挨拶をする。

 

「帝国第二皇子 アーティ・フォン・アンブルフ。皇帝陛下がお呼びと聞き、参上致しました」

 

「面を上げよ」

 

 声を掛けられ、俺は面だけ上げて今生の父と顔を合わせる。

 

「呼び出した要件は分かるか?」

 

「北部ノーザン公爵領の魔獣大発生の件でしょうか?」

 

「慧眼。流石だな。で?どう思う?」

 

「現状兵力のままでは、あと二月ほどで抑えが効かなくなるかと」

 

「ノーザンでも抑えられぬと?」

 

「軍事行動は個人の武勇でどうにかなるものではありません」

 

 ノーザン公爵家が受け継ぐ加護は北部という土地なら無類の強さを誇るだろうが、残念ながら個人の力で出来る事など余程隔絶した力でもなければ劣勢は覆らない。

 

「お前ならどうだ?」

 

「戦場に絶対はございません。私の力が及ばぬ場合もあるかと」

 

「皇剣の所持者であるお前でもか?」

 

「初代皇帝陛下も皇剣一振りで国を平定した訳ではありません」

 

 嘘です。

 一騎当千を実現してました。

 

「もし、お前を送っても戦況は覆らんと?」

 

「微力は尽くしますが?」

 

 絶対勝てるなんて口にして失敗した時、しっぽ切りされるのは目に見えている。

 だから絶対とは口にしない。

 

「本当に難しいか?」

 

「さて、なんとも。今、兵力を貴族家から集めてると聞き及んでいますが?その者達と力を合わせば五分かと」

 

「戦力になるか分からんぞ?ほとんどの子息子女は争いを経験していない。戦場で戦えるかわからん」

 

「加護持ちなら充分使えます。前衛は騎士の仕事です」

 

「ふむ…」

 

 父は俺の返答に思案する。

 彼が北部をさっさと平定させた理由は分かる。

 あまり長期化すると周辺諸国に勘づかれ、帝国の軍事力に疑念を持たれかねない。そうなれば開戦は必至。情勢が不安定になり、帝国の屋台骨が揺らぎかねない。

 

 (さっさと終わらせてもいいが、人材調達の為にも北部に子息子女は招集させたい。集めて見極め終われば、北部の戦線はすぐ終わらせてあげるよ)

 

 ノーザンの戦線にある現状戦力は概ね把握している(千里眼で)。今の兵力に俺の力が加わればすぐに戦況は覆り、魔獣の大発生も沈静化するだろう。

 

「今の戦況が好転する可能性があるなら是非もなしか…」

 

 父がそう呟くのが聞こえた。

 どうやら決断したようだ。

 

「第二皇子 アーティ・フォン・アンブルフに命ず」

 

「はっ」

 

「北部ノーザン公爵領へ赴き、彼に助力し戦線を押し上げよ。平定せずとも、このまま放置すれば好転もせん。兵力増強で送る加護持ちの貴族子息子女を上手く使え」

 

「拝命致します。一命を持って皇帝陛下のご意向を叶えてご覧に入れましょう」 

 

 こうして俺の北部行きは決定した。

 謁見を済ませると俺を待っていたのか、リヒターが廊下で迎えてくれた。

 

「北部行きは決まりですか?」

 

「あぁ、明日にでも立つ。馬の用意を頼めるか、リヒター?近衛騎士団で一番の駿馬を一頭頼む」

 

「まさか側仕えも連れずお一人で向かわれるので?」

 

「問題か?連れが多いと機動が落ちる。事は急を擁する。先行して公爵の兵達と連携し新兵どもが危なくない程度に魔獣を間引きする」

 

「殿下……北部が困窮している魔獣大発生を近場で初心者の狩りを手伝う感覚で行こうとしないで下さい……」 

 

 俺からすれば、狩りと一緒だ。

 規模と獲物の獰猛さが違うだけ。

 

「初陣の子息子女共が戦う場を整えてやるだけだ」

 

「くれぐれも油断なさらずに。第一皇子派が殿下を害そうと狙っている情報もあります」

 

「知ってる。俺の瞳がどういうものか忘れたか?リヒター」

 

 俺はこの国では稀有な自分の黒髪と同じ黒曜石の如き瞳がリヒターを見つめた。

 

「そうでしたなぁ」

 

 この世の森羅万象、三千世界総て見通す千里眼。

 如何なる計略、謀略を図ろうと俺の前では筒抜けだ。

 

「殿下相手に悪巧みは無謀ですね」

 

 情報漏洩どころか、逆に探られたくない腹を探られるので、関わるのすらごめん被りたくなるはすだよ。

 それからリヒターを伴って自分の部屋へ戻ろうと廊下を戻っていると反対側から歩いてくる集団がいた。

 俺は少し廊下の脇に逸れ、集団の主へ挨拶する。

 

「兄上。お久しぶりにございます」

 

「アーティか…こんな所で珍しいな」

 

「陛下に呼ばれましてお目通りを」

 

 俺の返答に兄…帝国第一皇子 ディートリヒ・フォン・アンブルフは顔をしかめる。

 

「陛下がお前に何の用で?」

 

「北部の魔獣討伐戦況が芳しくないので、戦線を押し上げてこいと」

 

 俺が命じられた内容に兄の周りの臣下達がざわめく。

 

「アーティ様を北部へ?」

 

「皇族の方をあの野蛮な北部の魔獣戦線に送られるとは…」

 

「いや…アーティ様は皇剣の所持者。或いは…」

 

 周りの連中は声を押し殺して思い思いの事を口ずさむ。

 それを少し気にしながら兄は俺と話を続ける。

 

「陛下も無茶を言う。お前一人を送っても事態は好転しないだろう」

 

「どちらにせよ、皇族の誰かは赴かねばなりません。各貴族家には既に招集令を掛けています。なのに、皇族が1人も出ないのは不満が出るでしょう」

 

「お前でなく、私ではダメなのか?」

 

「兄上…貴方は第一皇子です。何かあっては困ります」

 

「魔獣ごときに遅れはとらん」

 

 いえ、絶対ダメです。

 俺は知ってるし、リヒターからも聞いてます。

 貴方の剣の腕は凡庸の域を超えず、堅実なもの。

 実戦経験もほぼない兄上では多分生き残れません。

 

「いけません。だから陛下は俺を向かわせるのですが。何かありそうなら誰の命が優先されるなど自明ではありませんか」

 

 この場合は適材適所といえるけどな。

 武術が不得手な第一皇子よりも、皇剣の所持者で戦術戦略に明るい第二皇子を向かわせた方がまだ可能性がある。

 兄が向かえば、悲惨な事になるのは分かる。

 

「それでは兄上。出発の準備がありますので御前を失礼します」

 

 別れを告げて、俺は兄の前から移動を再開した。

 背後に不穏な視線を感じつつも、北部の戦線をどう動かそうかと思考を巡らせていった。

 

 

 

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