第3話

 目立たぬよう静かに。

 第一皇子の継承に邪魔にならない程度に皇宮で過ごす事、早八年。

 13歳になった年に皇帝陛下から謁見の指示が来た。

 この世に再度生を受けてから13年間。

 片手で数える両の手で数えられる程度しか顔を合わせていない今生の実父の招聘。

 一体何事かと思いつつ、俺は謁見の為の準備をしていた。

 

「い、いきなりの召喚なんてい、一体、な、何があったのでしょう!?」

 

「落ち着け、ミーナ。慌てても何も解決しない」

 

 ミーナは育休を終えて俺の侍女に3年前に復帰した。

 本当は出産後一年で復帰しようとしていたが、俺は子供が物心つくまで育休しろと命じて、子供と過ごせる時間を設けさせたのだ。それで侍女として復帰後はゾフィーと共に俺の傍付きとして働いている。

 

「殿下…落ち着いてらっしゃいますね…」

 

 ゾフィーの口調にも緊張が見て取れた。

 俺は何の用事かは最近の帝国の情勢を鑑みれば、皇帝の召喚理由は予想出来ている。

 予想通りなら面倒な事だが。

  

「皇帝とはいえ、実の父だ。ほぼ対面がないとはいえ、一々父親と会うのに動揺してどうする?」

 

「ですが、急な召喚です。一体何を言われるのか…」

 

「安心しろ。要件は大体わかる」

 

「えっ?わかっていらっしゃるんですか?」

 

「このタイミングの召喚となると大方、俺の婚約者の話か、北部の魔獣戦線の件だろうさ」

 

 第一皇子で兄のディートリヒは3年前に帝国で尤も旧く権力を持った四大公爵家の一つであるエスペラント公爵家の姫と婚約している。

 俺は逆に誰も決めてないし、婚約話も持ってこられてない。

 

 (最悪、他国の王女とでも結ばせる腹積もりかもしれないから婚約話の件は薄い)

 

 そうなると召喚理由は単純明快。

 

「北部の魔獣戦線への出陣だろうな」

 

「北部へ!?殿下自らですか!?」

 

「ノーザン公爵の領地だが思ったより戦況が芳しくないようだ」 

 

 四大公爵家には東西南北にそれぞれ領地を与えており、外敵に対処出来るように配置されている。

 北部はノーザン公爵家という家門が担当している。

 そして、この家…前世の妻の実家である。

 

 (見捨てるのも彼女の手前、寝覚めが悪いしな)

 

 1000年後まで残っているのは素直に賞賛に値するが、1000年前より兵力が衰えているのは否めない。

 20年前の隣国の小競り合いも規模こそ、小さいが収めるのに時を掛けすぎている。

 明らかに軍事力が低下している兆しだ。

 

「北部兵力では手が足りんようだから、他の家門にも招集を掛けているらしい」

 

「尚更、殿下が行かれる意味が……」

 

「いつまでも魔獣討伐で兵力を割いてる訳にもいかない。北部をさっさと平定させないと隣国に虚をつかれかねん」

 

 まぁ、突かれたところで俺が兵を率いて戦地へ赴けば、昔より犠牲は多く出るだろうが勝てるよ。

 

「それに良い機会だ」

 

「機会?」

 

「戦線出される子息子女は大体、家からすれば体良く厄介払いされた者達だ。人材調達には丁度いい」

 

 どこの貴族も長子継承が通例で、下の子息子女達は他家へ婿か嫁へ行くか。又は功績を立てて新たな家を興すか、何処かの家に騎士か執事として就職するかだ。

 となれば、だ。

 今のうちに優秀な人材に目をつけて引き抜けば俺や彼らとしてもお互い損はない。

 まさに一石二鳥だ。

 

 

「ミーナおば様…殿下がまた悪い事を考えてるお顔を」

 

「ゾフィー。慣れなさい。この方が謀略を働かせるのは幼い頃から変わらないじゃない」

 

「聞こえてるぞ。2人とも」

 

 正装で身を整え終えると俺は部屋を出ようと扉に向かう。

 

「旅支度を整えておいてくれ」

 

「畏まりました、殿下」

 

「お気をつけて」

 

 二人に北部へ行けと言われた時の為に荷物の用意を頼んで、俺は一人、謁見の間へと移動を開始した。

 謁見の間へ行くまでの廊下で皇宮に詰めている侍女侍従、役人の貴族が通り過ぎる度に会釈してくる。

 そんな彼らに挨拶を返しながら、歩いていると。

 

「アーティ殿下」

 

「リヒターか」

 

 声を掛けられた。

 挨拶を交わすとリヒターは謁見の間まで同道するといって着いてきた。

 

「陛下へ呼び出されたと聞きましたが?」

 

「あぁ。要件は分かる」

 

「まさか、北部の魔獣討伐の件ですか?」

 

「ノーザン公が珍しく苦慮してるらしいな」

 

「北部は年がら年中の冬ですからね。雪上戦は兵の指揮もしずらいかと」

 

「それを抜きにしてもだ。今年の北部の魔獣大発生スタンピードは異常に感じる。戦況がおもわしくないのも、当初の想定した導入兵力が足りなかったせいで戦線後退したせいだ」

 

 そもそも北部は環境が環境である為、魔獣の大量発生しづらい土地だ。しかも護るは安く、攻めづらい天然の要塞。

 それが押されてるとなれば、純粋に必要兵力が足りないのだ。

 

「挽回するには兵力を大きく動員するか、戦術的大きな力を投入するしかない」

 

「戦術的大きな力?」

 

「俺だよ」

 

 この戦況ならば大幅な兵力動員よりそちらの方が効率的だ。

 初代皇帝しか扱えなかった皇剣に加え、”虚”の加護を持つ俺はある種の戦略兵器。

 単体で兵団と同等のワンマンアーミー。

 

「とはいえ、だ。残念ながら実践はお前といった山賊討伐くらいしか実績がないからな。上手くいかなかった場合に備えて加護持ちの貴族家系は一人、戦線に送る事になるのは変わらんだろう」

 

「殿下お一人でも過剰戦力に思えますが?」

 

「リヒター。お前も魔獣の恐ろしさは知っているだろ?過剰でも戦力はあって損はない」

 

「…失言でした」

 

 リヒターは自分の言葉を恥、俺に謝った。

 

「となると。殿下が行かれるなら北部戦線はケリがつきそうですな」

 

「あぁ…また無駄に功績が増えるかもな」

 

「宜しいのでは?私としてはアーティ殿下が大将軍位に早く就いてくだされば文句ありません」

 

「勘弁してくれ。死んでも御免被る」

 

 そうでなくてもこの八年間。

 無難に過ごそうとしていたのに。

 変に功績が積み上げているせいで軍部の一部が俺を信奉しているのだ。これ以上、余計な好感度が上がるのはごめんである。

 

 


 

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