第2話
ミーナに育休をとらせて3日後。
彼女に代わって傍付きになる侍女が来た。
「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」
侍女服のスカートの裾を軽く摘み、慇懃な会釈をする
「本日よりスペクトラム子爵夫人に代わり、殿下のお世話をさせて頂きます。リービッヒ男爵家の長子、ゾフィーと申します 」
歳の頃は俺より年上、10歳くらいだろうか。
歳の割にはしっかりとした所作と言葉遣いが出来ている。
(ミーナめ…自分の伝手で人選したな。何かあったら自分で責任とるつもりか?)
リービッヒ男爵夫人とスペクトラム子爵夫人であるミーナは確か仲が良かったはず。自分の知り合いで尚且つ俺が気を遣わないようにと同年代でも優秀なのを厳選して送ってきたのだろう。
(とはいえ…この娘…ただの侍女じゃないな)
見るに身のこなしに隙があまりない。
俺からすれば荒いといえるが充分に戦闘教育を受けた人間の佇まいをしている。
(ためしてみるか)
身に宿る神器の加護で気付かれずに身体強化を行い。
彼女が来る前に代わりの侍女に用意させた紅茶に添えられたスプーンを徐に手に取って、彼女へ向かって投擲した。
スプーンは一直線に彼女の顔へ飛来し……すり抜けた。
甲高い音を立てて、スプーンは彼女の背後の壁に当たって床へ落ちる。
想像通りの光景に俺は口元に笑みを浮かべて言う。
「素晴らしい反応だ、リービッヒ男爵令嬢」
「なんのおつもりでしょうか?スペクトラム子爵夫人からは殿下は穏やかな方だと伺っていたのですか?」
「とつぜんの非礼はわびよう。なに、少し確かめたかっただけだ」
ミーナめ。騎士と侍女か侍従を連れてこいとはいったが、両方備えた人間を出してくるとは思わなかったぞ。
一人二役よりも人手が純粋に欲しかったのに。
「リービッヒ男爵家は20年前の王国との小競り合いで武功を上げて爵位を叙勲された家門だったな」
「よくご存知で」
「大抵の家門の興りは頭に入っている」
正直、五歳でこれは異常だがもうその辺りは放置だ。
普通の子供として見られてないのは承知してる。
「騎士の訓練はいつより受けた?」
「殿下と同じ歳の頃に」
「5年でその身のこなしか。優秀なんだな」
「殿下の足元にも及びません」
身体能力は神器の加護という反則技で補っているだけだ。
普通なら10歳の女児にも負ける腕力しかないよ。
「ミーナの推薦は確かだな。彼女が育休を終えるまで頼む」
「勿体ないお言葉です。スペクトラム子爵夫人がお戻りになられるまで力を尽くさせて頂きます」
俺の言葉にゾフィーは恭しく頭を下げた。
彼女が新しい侍女として活動するようになっても日々の生活に変わりはさしてない。
一応、第二皇位継承者。今生の兄上の予備役ではあるので教育放棄といった事はされないので毎日習い事や勉強と忙しい。
特に教養…音楽や絵などの芸術系統は今生においても不得手であった。
(まぁ、召喚前も別に歌とか歌うのは好きだったが楽器なんて触った事ないし、絵心もなかったけどな。召喚された後は更にそういったものとは縁遠かったし)
戦、戦、戦。
毎日が戦いの日々であり、芸能のげの字もなかった。歌劇や芝居などの催しを落ち着いて見た時なんて、前世の妻と結婚して国内が落ち着いた頃にやっとだ。
それくらい芸術とは縁遠い生涯を送ったのだ。
転生して出来なくても許してほしい。
その代わりに…
「で、殿下…ち、ちょっと……休憩して、よろしいですか」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……はぁ」
剣術、武術の授業。
神器と前世の百戦錬磨の経験に裏打ちされた技術によって指南役である近衛騎士達の屍山血河が築かれていた。
「お前達…幾らなんでも、それはないだろ…」
その傍らで当代の近衛騎士団長 リヒター・オルテルが眼前の光景を嘆くような声音を漏らした。
「オルテル団長…そ、そう…言われ、ましても」
「アーティ殿下……強すぎ…ます」
「ほ、本当に……五歳児?」
息も絶え絶えに反論する近衛騎士達。
俺はそんな彼らの言葉に肩を竦めた。
「まともなやり方でたたかってる訳ないだろ?皇剣のかごで身体強化してるにきまってる」
「「「ず、ズルい!!」」」
ズルいと言われてもこうでもしないと君らと訓練できる訳ないじゃん。元々、神器の制御を覚える為の訓練だしな。
ま、元から俺の持ち物だから制御を誤る愚は犯さないが。
「それでも技術や実戦経験はお前達に軍配が上がる。それがここまで一方的となると……シゴきが必要か?」
「「「ひぃっ!?」」」
近衛騎士達がリヒターの殺気に充てられ、悲鳴をもらす。
やれやれと思いながら俺は助け舟を出してやる。
「だんちょう。そこまでにしてやれ」
「しかし、護衛対象より弱い近衛など……」
「弱くはない。れんけいは見事なものだ。実際に体力切れになっただけで一撃も彼らはうけてない。わたしもまだまだだ」
(((いいえ…現段階でこれとか。普通に殿下の力は脅威です)))
何となく騎士達から非難眼差しを向けられるがしらん。
俺とて訓練で全力は出していない。
皇剣の加護は使っているが自身が持つ加護は一切使っていない。というか使えない。俺の加護は訓練で簡単に使えるシロモノじゃない。
「引き続き、明日も頼む」
「はっ!明日は私がお相手させて頂きます」
「だんちょうが?それは遠慮したいな。兄上もまだだんちょうと相手してないのに俺が先にしては周りがうるさい」
「気にする事ですか?」
「ただでさえ目立っている自覚はある。これ以上は目立ちたくないんだ」
皇剣が手元に戻ってきだけで皇宮では俺を神童呼ばわりしている貴族達も居るようだ。
幼くして近衛騎士団長と剣を交えるなど噂に拍車が掛かる。
リヒターはたしかに今生で見た中で一番強い。
かつて、自分の元にいた帝国五虎大将軍の一角と同等だろう。1000年経てもそんな強者が帝国に居るのは誇らしく、安心だ。
「暫くは馬術でもやって大人しくしてるか」
「では良き
「そうしてくれ」
こうして俺の1日は刻刻と過ぎ去っていく。
二度目の生といえ面白く充実した日々である。
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