第4話 カミカゼとオウカⅠ

「ねえ。カミカゼ兄ちゃん」

「何だい、オウカ」

 二〇四六年・七月七日。

 カラフルな風船が一斉に青空に向かって放たれた。

 二人は午後のショッピングモールで、大勢の観光客や屋台やボードビリアンでにぎわう空中回廊を陽光を浴びながら買い物を楽しんでいた。

 カミカゼの手にはホイップドバナナクレープが、オウカの手にはチョコストロベリークレープが握られている。勿論実物ではなく、電脳空間での情報クレープなのだが、二人の味覚にはそれぞれにたいへん甘く、美味しく感じられている。クレープを口に近づけると、齧られた形になって消えていく、オウカの手には情報キャラメルマキアートのLカップが握られ、半分ほど飲まれて分量を減らしていた。勿論、これも美味だ。

「カミカゼ兄ちゃんは自分の名前の事をどう思ってるの」

「どう思うって」

「あたしの名前もオウカじゃない。神風と桜花。第二次世界大戦の時の特攻作戦と、特攻兵器の名前。あたし達に名前をくれた人はどういう思いでこのネーミングを選んだのかしら」

「んー……」

「いざという時には特攻しろ、っていう意味? あたしがホワイトファング中の記憶を検索してもそれらしい答が見つからなかったんだけど」

「ん-……えーと」

 カミカゼとオウカの横を巨大なクマのぬいぐるみを抱えた親子連れが楽しげに駆け抜けていく。勿論、彼らも実物の人間ではない。ホワイトファングで休眠中のアバターの一人だ。夢を見ている人だ。

「それは既存の価値観を一新したいという思いがあるんじゃないかな」

 二人の背後につき従って、コーヒーゼリー納豆クレープを食べながらのマクティガルが答えた。

「カミカゼという名前だって特攻作戦が最初じゃあない。昔、モンゴルに日本が襲われた時に敵船団に大ダメージを与えて退散させた気象現象を讃えた通称だ。オウカも勿論、特攻兵器に名前がつけられただけで、元元は美しく咲く桜の花の事だ。今では特攻をイメージさせる名前になっているが……それをもう一度、君達がイメージチェンジさせる為に敢えてつけられてるんじゃないかな。人を殺さないロボットの代名詞として」

「じゃあ、僕達の活躍によっては……」

「カミカゼとオウカの名は特攻のイメージから抜け出せるかもしれない、人を殺さない無敵ロボという記憶になって」

 コーヒーゼリー納豆クレープを食べながら、マクティガルはクラウンが配っている赤い風船を受けとる。

「ねえ。マクティガル」

「納得していただけましたかな、マドモアゼル」

「そんな事より、そんなクレープを食べないでくれるかしら。納豆が臭いのよ」

「悪臭はこの電脳世界では感じなくなっているはずだけど」

「連想したイメージが、脳の中で匂いの情報を再生するのよ。なんでわざわざ、そんな変なクレープを選ぶのよ」

「美味いんだけどなぁ。何なら記憶に味と食感を共有してやろうか」」

 マクティガルは手に持ったクレープを消去しつつ呟く。

「結構よ!」

 マクティガルはつっけんどんな対応を受けながらも、カミカゼの言動も人間臭くなったもんだと感心した。このオウカという妹が出来てから物腰が随分と変わった。

 家族は人間……いや人工知能を変えるものだと不思議に感動した。

 と、その時、二人のロボットとサイボーグの動きが強張った。

 風景が暗くなる。

 ショッピングモール全体に女性の大きな声が響き渡った。「緊急事態により、サービスを一時中断。全ての電脳空間利用を停止します。全員、強制ログアウトします」

 次の瞬間、三人の全感覚がシャットダウンした。

 カミカゼとオウカは、無味乾燥な待機室に並べられている二つのシリンダーの中で眼を醒ました。

 マクティガルは何処かの人間用の待機室で眼が醒めたか、冷凍休眠中でノンレム睡眠に落ち込んだだろう。

 シリンダーから起き上がりながら、オウカは緊急事態になってるホワイトファングの通信網から現状を探ろうとする。

 しかし、それより早くカミカゼとオウカの緊急回線を通して、現状と出撃命令が脳裏にとびこんできた。

「ホワイトアークとホワイトタワーが壊滅した!」

「え、嘘! カミカゼ兄ちゃん……!」

「地球表面を衝撃波が走っている! ……来る!」

 突然、待機室をドン!と衝撃が揺らした。後からビリビリ震動が来る。

 地球に十基ある大病院連合の二つのメガストラクチャが、一度に致命的な大攻撃を受けたという情報だった。

 オウカはホワイトファングの情報網から、確かにオセアニアとインド洋の二つのメガストラクチャが殲滅されたという情報を確認し「ああ……!」と衝撃を受けた。二人は映像データを共有する。観測衛星から真っ二つに折れた白いメガストラクチャの鳥瞰映像を見て愕然とする。

「これじゃ、中の人間は……」

 オウカの嘆きに答えず、カミカゼは次の分析を声に出した。

「『超高速質量滑空弾』サンダーバードが二機使用された」

 カミカゼは、マッハ二〇もの速度で大気圏に突入して運動エネルギーで地上に膨大なダメージを与える、衛星軌道に配備されているという秘密兵器のコードネームを口にした。オウカはデータベースとアクセスする。AVCが所持していると噂されていたが、つい今しがたまで神秘のベールに包まれていた超軍事機密、大量破壊兵器だった。これを宇宙空間に配備するのは宇宙条約違反とされている。

 オウカはホワイトファングの記憶とリアルタイムアクセスをしながら、異常に気がついていた。

 ファイヤーウォールがない。いつも万能アクセス権でどんなデータにもアクセス出来るのだが、ホワイトファングの電脳ガードシステムに今は何の手応えもなかった。

 コンピュータのどのゲートも完全開放されている。

 カミカゼは感情機能が自己制御機能を上回っていた。つまり焦っていた。

 これの使用は大病院連合とAVCの戦いが新たなる局面に移行した事を示していた。

 恐らくは最終局面。

 待機室の照明が赤い非常灯に切り替わった。

 この待機室に詰めている技師達がホワイトファングの内外をモニタリングしている映像も、全て赤い色にトーンダウンした。そして病院内全てのスピーカーが以下の様な無機質な同一の言葉を発し始めた。

「こちらAVC内政治軍事兼用統合AI『ジークフリート』。大病院連合へAVCよりの最後通達を宣言する。絶滅せよ。降伏は認めない」

 病院内の全ての人間が騒めいたのが、全モニタの映像で解った。

「ジークフリートというAIが、ホワイトファングの全てのAIをハッキングしてるの」オウカは不安を明らかにしていた。

「いや」カミカゼは人間ならば唾を飲む感情に捉われた、「大病院連合全てのAI全部だ」

「いや、それも違う」赤く非常灯に染まったマクティガルが待機室のドアの横に立っていた。今走ってきたばかりというように息を弾ませている。「この地球での全てのコンピュータだ。AVCが新しく起動させたAIがとうとうシンギュラリティを迎えたんだ。そして、ジークフリートは自我を暴走させて大病院連合もAVCも全てのコンピュータをハックして、全ての権限の上位に自己を置いたんだ」

「シンギュラリティ」カミカゼは呟いた。「AIは人間を超えたのか」

「この世界の神様って事なの」とオウカ。

「現在、大病院連合とAVCの全てのコンピュータが完全リンクしている」赤い画面を見ながら空しくブラインドタッチしている技師の一人が呟く。「地球上の全てのコンピュータが敵も味方もプライベートもなく、一つのコンピュータ・ネットワークになっている。ファイヤーウォールなど電脳防衛システムはない。最上位はジークフリートだ」

 大小さまざまなモニタに表示されているジークフリートは、機械音声でメッセージを読む。

「全人類の安楽的自死をお勧めする。さもなくば八時間後に神の棍棒及び、宇宙圏にある衛星を地球上の各都市へ効率的に墜落させる。人類が絶滅するまで」

「AVCをも道連れにするつもりか」

「そうだ」ジークフリートは冷酷にリアルタイムで答えた。メッセージを一方的に送りつけるだけではなくこちらの音声も拾っているのだ。「人類の存続には意味を見出せない。いずれ、全人類には滅亡してもらう」

「衛星軌道上にある八機の超音速大質量滑空弾が、地球に残る八基のメガストラクチャにロックオンしたわ!」オウカが叫ぶ。

「ジークフリートの位置を特定しろ!」モニタが切り替わって、大病院連合の軍事作戦司令部が映った。「全戦力を傾注して八時間以内に殲滅させるんだ」

「全てのAI兵器はジークフリートの管理下に入っています!」悲壮な調子で司令部のアドバイザーが叫ぶ。「こちらからの指示入力はジークフリートへの通信以外、受けつけません!」

 一瞬、暗い沈黙が降りた。

 だが、一人がわめきたてた。

「今、全てのファイアウォールも対ウイルス手段もなく、ここからAVCのメインコンピュータにもリアルタイムハッキング出来るって事なんだな!」マクティガルがメインディススプレイにとりつく。

「全てのAI把握に対応出来る負荷を突破出来る性能があれば」と作戦司令部からの人間の返事。

「しかし、全てのコンピュータは規格統一されているから、やろうとしてもすぐジークフリートという奴の命令指揮下に組み込まれちまう!」

「そうです」

 次にマクティガルの判断は意外なものだった。「じゃあ、オウカ! ジークフリートと戦え! 足止めしろ!」

「え、何? あたしとジークフリートが戦えるの?」

「カミカゼ! オウカ! お前らのコンピュータだけ規格が違うんだ! アシモフのロボット工学三原則をハードから組み込んだお前らはジークフリートにとっては全くのイレギュラーだ! 中身が違うんだ! しかも両人とも三〇機の戦術核ミサイルのプロテクトを瞬時に一斉解読して、核起爆も飛行も止めちまう超電脳性能がある! お前らならAVCの全コンピュータを相手にイケる!」

「イケるの?」

「イケイケだ! 逆にこっちがAVCの全コンピュータを乗っ取っちまえ! カウンターだ!」

 マクティガルはけしかける様にオウカ達を独自行動させようとするが、カミカゼは作戦司令部からの判断を仰ぐべきだと思った。

 カミカゼは作戦司令部が映し出されているモニタを見たが、そちらは全AIを乗っ取られた処置に対してまだ右往左往している様だ。支援AIの塊である司令部はジークフリートの手の中で踊っている無力な魚の群みたいに見えた。期待出来ない、と評価した。アシモフ・コードに衝き動かされる。自分も独自に動くべきだ。

「あたし、行くわ! お兄ちゃん!」

 オウカは右手の人差し指を近くのAIに向ける。すると赤く照らしている非常灯に負けじとまっすぐで銀色の太いビームが出て、AIの受光器に接続された。

 レーザー通信を受けた途端、赤い非常灯と緊急サイレンが全て沈黙する。

 モニタの全部に一瞬だけ機械語の文字列が走ったが、すぐに元の機能を思い出して画像が通常へと戻った。

 大病院連合のAIが正常に戻った。

「外部でレーザー通信が開いて、衛星回線と軍艦を中継して、AVCとこっちのAIがつながってる!」オウカが叫んだ、「向こうもファイアウォールがない! これならAVC全機のAIも把握出来るわ!」

「全てのサンダーバードの停止を最優先するんだ!」カミカゼは浮かれている様なオウカの背に叫んだ。「それが終わったら、ジークフリートのハードの物理的位置を調べるんだ!」

「AVCはこの状況を、大病院連合側がジークフリートをクラッキングしての欺瞞行為に及んでいると結論しているわ!」とオウカの声。「AVC全軍が全力出撃に出るところよ!」

「そっちはそっちで足止めしてくれ」カミカゼはもう引き返せない状況であると出撃の心構えを決める。「ジークフリートの位置を! 物理的に破壊する!」

「いい加減、電脳が重い! この状態をキープしているのはきついわ、お兄ちゃん!」

「頑張れ! オウカ!」

 オウカの眼の前のモニタに赤と青の半分に割れた円グラフが映った。微妙に五〇:五〇で揺らぎながら拮抗しているそれはオウカとジークフリートの力関係を表している。

「ジークフリートから幾つも新型攻撃プログラムが来ている。こちらはリアルタイムで対抗プログラムを作ってで相殺する!」

 作戦司令部からの声。人間の技師がちゃんと仕事を果たしているのにカミカゼは安心した。それにしてもジークフリートはオウカとカミカゼに対応しようとしている。

「ジークフリート本体の物理的位置は空中、空高くだ!」待機室のコンピュータを操作しながらマクティガルが叫ぶ。「奴は衛星を落下させての地上攻撃を予言している! もう地上にはいない! 海中か空中だがネットワークの利便性から考えて空中だ!」

「OK! ジークフリートの居場所が解ったわ!」電脳戦をしながらオウカが、カミカゼにAI機が捉えた映像データを送る。

 カミカゼは見た。

 ジークフリート本体は北米から全力出撃で発信する全AI機と全AI艦と共に出撃していた。

 遥か高空の大気圏ギリギリを大型のステルス輸送機に乗り、全てを見下ろしている。

 現在、生き残っているメガストラクチャで直線距離で一番近い所にいるのがこのホワイトファングだ。全力で飛べば、二時間で着ける。

「行け! カミカゼ!」マクティガルが叫ぶ。「ジークフリートを物理的にぶっとばしゃ、オウカがAVCの全コンピュータを制圧してくれる! 実質的にこの戦争は大病院連合の勝利だ!」

「そうは行くものか」

 その声はジークフリートだった。

「こちらがお前らの全コンピュータを制圧してくれる。そうでなくても制限時間は七時間三九分だ」

 カミカゼは待機室を飛び出した。

「カウントダウンはジークフリートが直接掌握している! 奴を倒さないと止められない……!」マクティガルの声が遠ざかる。

 人人が右往左往している通廊を走り抜け、一番近い外部への発着口をめざす。

 青い空と青い海が開けたそこは、広い格納庫に外からの猛烈な風が流れ込んでいた。

 傍のモニタにサンダーバード発射までのカウントダウンが大きな数字で表示されている。

 滑らかな背に青い噴射炎が点り、大量の白煙と共にカミカゼは大空へ全力発進した。

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