エピローグ


 エピローグ



 大型バスに乗って旅立ったレオニードやヴァレンチナ、それにミロスラーヴァ少佐らの背中を見送りながら、俺は手にしたPF5のゲームパッドを自分のデスクの天板の上にそっと静かに置き直した。

「ふう」

 そう言って一息吐いた俺の眼の前の液晶モニタの画面上では、レオニードらの雄姿と共に『クラースヌイ・ピスタリェート』に関わった全ての開発スタッフ達の名前がスタッフロールとして順次表示され、その中には当然の事ながらこの俺の名前もまた並べられている。

「これで製品版の動作確認も、全て完了しましたよっと……」

 世界中のゲームファン達が首を長くして待ち望んだAAAタイトルの期待の大作ゲームらしく、いつまでも延々と表示され続ける冗長なスタッフロールを眺めるともなしにぼんやりと眺めながら、俺はそう言って独り言ちた。

「……それにしても、やっぱり、イエヴァまで殺さなくっても良かったんじゃないのかなあ? せっかくの貴重なサブヒロインなんだし、次回作で活躍させた方が、彼女みたいに無口で無愛想な小動物系女子が好きなコアなファンは喜んでくれたんじゃないの? そうは思わないかい、シナリオ班の諸君?」

 俺はそう言いながら背後を振り返ったが、つい今しがたまでそこに居た筈のシナリオ班に所属する開発スタッフ達の姿は見当たらず、既に彼らは退社してしまったものと思われる。

「なんだ、もう皆帰っちゃったのか?」

「ええ、そ、そうですね。レレレレオニードとヴァレンチナが歩行戦車ウォーカータンクを撃破して河を渡った辺りから、み、みみみ皆さんぞろぞろと仕事を終えて、あ、あああ、あた、あたしと賢人さん以外の方々は帰ってしまいましたよ?」

「それで、最後に残ったのは、俺と小春さんだけだと言う訳か」

「ええ、そそそそう言う事になりますね」

 そう言った小春の言葉通り、製品版のソフトの動作確認を行う俺の様子を背後から眺めていたギャラリーの面々は順次帰宅し、最終的には俺と一緒に帰る予定の彼女一人だけがぽつんと取り残されてしまったと言う事らしい。

「なんだ皆、薄情だな」

「そ、そうは言っても皆さん、デデデデバッグ期間中に嫌と言う程エンディングまでテストプレイを繰り返しましたから、わ、わわわ、わざ、わざわざ製品版のスタッフロールまで確認するつもりなんて無いんじゃありませんか? そそそそれに今日は最後の最後の本当に最後の最終出社日なんですし、も、ももも、もう仕事なんて一つも残っていませんものね?」

「ああ、なるほどね」

 小春の懇切丁寧な解説に耳を傾けていた俺がそう言って得心したその間も、眼の前の液晶モニタの画面上では、いつ終わるとも知れぬスタッフロールが延々と表示され続けていた。

「さて、と。それじゃあ小春さん、そろそろ俺達も皆と同じように仕事を切り上げて、通い慣れたこのオフィスに最後の別れを告げようか」

 そう言った俺は自分のデスクから腰を上げ、本羊革の軍用ジャンパーを羽織ってショルダーバッグを背負うと、くるりと踵を返してからオフィスの出入り口を方角へと足を向ける。

「ピ、ピピピPF5の電源は落として行かないんですか?」

 するとPF5と液晶モニタの電源を点けたまま立ち去ろうとする俺の背中に、小春がそう言って問い掛けた。

「ああ、どうせ明日になれば引っ越し業者がやって来て椅子もデスクもPF5も全部片付けてしまうだろうから、それまで点けっぱなしでも構わないさ。エイジングみたいなもんだよ、エイジング」

 小春の疑問に返答した俺が言うところのエイジングとは、長時間に渡ってゲームを稼働状態で放置して問題が起きないかどうかをチェックする、いわゆるエイジングテストの事である。とは言え、製品版のゲームをスタッフロールが表示されている状態のまま放置する事がエイジングテストの条件を満たしているとは思えないので、今しがたの俺が適当な方便を口にしたと言う事実は否めない。

「さあ、小春さん、一緒に帰ろう」

「は、はい!」

「それではこれで、さようなら」

 最後にぺこりと小さく頭を下げて一礼しながらそう言った俺と小春は、二人揃って、通い慣れた秋葉原UDXの地上24階の㈱コム・アインデジタルエンターテイメントのオフィスを後にした。そして無人のオフィスの一角の俺のデスクの天板の上に設置された液晶モニタの画面上では、スタッフロールの後に表示される『The End』の一文と、その下に小さなフォントでもって『to be continued?』の一文が表示されている。


                                    了

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クラースヌイ・ピスタリェート《красный пистолет》 大竹久和 @hisakaz

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