第8話 ダークギルド

 漆黒の戦士と、出会ってしまった。

 あのタロウ・サトウから、獅子王の力を盗み取った犯人だ。


 背が高くて、ものすごい筋肉だ。

 黒の戦士服に身を包んでいるんだけど、その上からでもひとつひとつの筋肉の形が分かる。


 彼が、こちらに近づいてくる。


「あっ……あっ、あぁっ……!」


 立ち上がろうとして失敗。尻もちをついた。後ずさる。

 だが、ヤツはどんどん近づいてくる。


 ついに、目の前まで来てしまった。


「ケガはないか。少年」

「……え?」


 意外な言葉に、固まってしまった。

 

「立てるか?」


 こちらに手を差し出してきた。

 その手から腕をたどって、彼の顔を見た。

 自信に満ち溢れた笑顔を、こちらに向けていた。

 

 黒髪で、二〇代くらいの若い人だ。青年って感じ。

 かなり顔が整っている。いわゆるイケメンってヤツだ。


「えっと……」

「怖がらなくていいさ。危害を加えたりしない」

「は、はい……」


 優しい口調だった。

 でも、なかなか手を伸ばすことができない。

 すると、向こうからぼくの手を掴んできた。

 強い力で引っ張られ、起こされた。


 足がフラついている。うまく力が入らない。体が重たい。

 体重が右にかたよる。


「あっ……」

「おっと」


 倒れそうになったとき、彼の太い腕がぼくを支えた。


「疲れたのか。『能力』を使ったのは、さっきのが初めてか」

「えっ、は、はい……」


 あれぇ?

 さっきまで、ぼくたち戦ってたよね?

 敵意を向けるどころか、優しい。気さくにしゃべってくる。

 

「そうか。この近くに俺たちのギルドがある。とりあえず休んでいけ。いろいろ聞きたいこともある。それにだ――」


 そのとき、ドン、ドン、と地響きのような音が聞こえてきた。

 こちらに近づいてくる。

 体がすくんだ。 


 振り向くと、ドロドロで金属や鉄むき出しの巨人が、近くまで来ていた。


 ぼくの両腕が、解けた。黒いドロドロとなって。


「ここじゃあ、アレだしな」


 ぼくはブンブンと首を縦に振った。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 巨人が襲いかかってきた。


「よし決まりだ」

「おぉ!?」


 彼はぼくを軽々と持ち上げ、担いだ。

 前進。とてつもない勢いだ。

 高い所から落下したような感覚だ。体がシビれる。


「あぁっ……!」


 腕がどんどん溶けていく。

 これ、どうにか止められないのか?

 どうやったら元に戻るんだ?


「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はライゼル・ギルバート。お前は?」

「えっ、ぼ、ぼくは――」


 どうしよう。彼のことを信用したわけじゃない。

 何だか本名を教えるのが怖いな。

 

「ドッ、ドロオです!」

「ドロオ? ずいぶん珍しい名前だな」

「えぇ……まぁ……うわあああああ!」


 速度が急激に上がった。


「飛ばすぜぇ」

「えっ、ちょっ……やめっ、やめてええええええええええええええええええええ!」


◆◆◆


「よっしゃ、着いたぜぇ」


 うわああああああああああああ全身溶けちゃったよぉ!


 黒いスライムみたいになっちゃったぁ!

 体がうまく動かせない。

 これは元に戻るのか?


「大丈夫さ。元に戻る」


 彼――ライゼルさんはしゃがみ込むと、ぼくのドロドロを手に取った。

 

「しかし楽しそうだな」

 

 楽しくなぁい!


 元に戻ったのはそれから数分後だった。


 前方からガシャンッ、と音が聞こえた。

 壁が、横に流れて開いた。目を見開いた。隠し扉だ。


「着いて来い。なぁに、緊張することはない。普通のギルドだ」

「は、はい……」


 そもそもギルドにおいての〝普通〟がぼくにはよく分からないんだけど……。


 ライゼルさんの背中を追う。


 下水道のギルド……いったいどんなところなんだろう。

 想像つかないや。汚らしいということ以外は。


 中を数歩行くと、ドアがあった。

 高級感があってお店っぽい。最初のイメージと違った。

 ライゼルさんが取手を握って、開けた。


 カランカラーン。


 ベルの音と共に、中へと入る。


「……!」


 酒場だ。

 しかもかなり広い。

 全体が火のようなオレンジ色で照らされている。

 テーブルやら大きなタルが置いてある。けっこうな人数がいて、それぞれで固まって話をしている。ほとんどの人たちが武装している。

 ここが――ギルド。下水道に、こんな隠し場所があったなんて。


「大丈夫。すぐ慣れるさ」


 彼はぼくの背中に手を当てて、言った。


「は、はい……」


 やっぱ優しい。

 彼の笑顔には安心感がある。

 いやもしかして……そう見せかけといて、実は何か裏があるとか?

 

「あーパパおかえりー」


 前から、ウェイトレスがこちらにやってきた。

 黒髪ボブの女の子で、歳はぼくと同じぐらいだろう。

 彼女の視線が一度こちらを捉えた。

 

「その人は?」

「おう、ただいま。コイツは来客だ。ドロオって言うんだ」

「ふぅ~ん」


 答えたのは、ライゼルさんだった。

 彼を見る。


「あの、今パパって……」

「ああ。この子は、俺の娘だ」

「えっ、えええええ!?」


 ライゼルさんは、彼女に手を差し出しながら言った。

 この二人が、親子?

 確かに似ている。けど、どうみたって兄弟にしか見えない。


「えっ、あっ、あの、ということは……ライゼルさん、今おいくつなんですか?」

「俺か? 今年で三五だ」

「さ、三五!?」

 

 若い。

 明らかに見た目二〇代前半じゃないか……。

 どう考えても三〇代には見えない。

 しかも娘までいるなんて。


「よく驚かれるんですよねぇ。今まで何度兄弟にまちがわれたことか」

 

 ライゼルさんの娘がしゃべりかけてきた。

 明るい笑顔をこちらに向けている。


「初めまして、ケリー・ギルバートです」

「えっ、あっ、どどどどどどど、どうも……」


 ヤバい。急に話しかけられたからうまく言葉が出てこない。


「おいおい、どうした」

「あははっ、ドロオさんおもしろい!」

「あっ、いや……」


 だって、母さん以外の異性と会話することなんてめったにないし。

 しかも短期間で二人も。そりゃテンパっちゃうよ。


 そのとき、ぼくのお腹が鳴った。

 今日は朝から何も食べてない。

お金ないからお腹の中はいつもスッカラカンだ。


「ケリー、ドロオにアレ持ってきてもらえないか」

「は~い!」


 彼女は軽快な足取りでカウンターの奥へと消えていった。

 この流れはもしかして……食べ物を持ってくるパターンかな?


「あの……ぼく、お金なくて……」

「気にするな。俺のおごりだ」

「えっ、い、いいんですか?」

「ああ」

「あ、ありがとうございます……」


 タダでご飯を食べさせてもらえるのか。何だか申し訳ないな。

 でも何が出てくるのか楽しみだな。

 ここ一年間パンしか食べてなかったし。


「あらあらっ、かわいいわね。誘拐でもしてきたのかしら。ふふっ」

 

 かれいなしゃべり声が聞こえた。まさに大人の女性って感じだ。

 しかし、そこにいたのはテーブル席に腰かけた少女だった。

真っ赤な髪が特徴的だ。魔法使いだろうか。黒いローブを着ている。

 

「まぁそんなとこだ。ドロオってんだ。可愛がってやってくれ」

「あたそうっ、ユニークな呼び名ね」


 彼女はティーカップ片手に、そう口にした。

 振る舞いとしゃべり方が見た目とぜんぜん子供っぽくない。


「ドロちゃんて呼ばせてもらうわね。一緒にお茶でもどうかしら」

「えっ、えっと……」


 これはお誘い……だよね?


「イヤかしら?」

「あっ、えっと、いやっ、そんなことは……」

「じゃあご一緒してくれるのね?」

「は、はい」

「どうぞおかけになって」


 恐るおそる着席。

 このナゾの少女? とお茶をすることになったのだ。

 

「わたしはサティーナ・フォーリン・ライズ・セフィール・デュオ・べラリン・フェルダーク・デーモンキングよ。これでも魔王なの。よろしくね」

「…………え?」


 彼女は、ニッコリと満面の笑みをこちらに向けてみせた。


 んっ、んっ、んん?


 長すぎる。しかも魔王? 何かの冗談ですか?

 

「あー、長いからな。みんなサティって呼んでるさ」

「ええ、好きに呼んでもらって構わないわ。例えば、〝お姉さん〟とか〝お姉ちゃん〟とか。どちらでもいいわよ」

「は、はぁ……」


 彼女は〝お姉さん〟〝お姉ちゃん〟を強調して言った。


「言っとくが、こう見えてもサティはお姉ちゃんって呼ばれるような年齢じゃぁ……」


 瞬間、バチーンと雷鳴が鳴り響いた。


「ひっ!?」


 真っ黒のイナズマが落ちたのだ。

室内で。まさにライゼルさんの真横に。

 彼に向かって魔王サティが大きな杖を構え、笑顔をうかべていた。

しかし、さっきまでの笑顔とは全然違う。

鬼の形相に見えるのはぼくだけだろうか。


「あらライちゃん、これで何回目かしらっ、世の中には言っていいことと悪いことがあるのよ? 分かるかしら?」

「おぉっとすまんすまん。そうだ、俺はアイツらに用があるんだった。じゃ、またな!」

「あ……逃げた……」


 そそくさと行ってしまった。


 周りから「またかよぉ」「逃げたな」などの声が聞こえる。

 日常茶飯事なのだろうか。みんな慣れているような感じだ。


「はぁ……デリカシーのない人は本当に困るわ」


 魔王さんはというと、ゆうがに紅茶をすすっている。


「あっ、あの……サティさんは……」

「お姉ちゃん。お姉さんでもいいわ」

「えっと……サティ……姉さん?」

「あら、それもいいわね。もっと呼んでちょうだい」

「えっと……サティ姉さんも、ここのギルドメンバーなんですよね?」

「ええそうよ」

「魔王なのにどうして、ここにいるんですか?」


 すると、彼女はうつむき、ティーカップを両手で持ったまま固まってしまった。

 マズい。気に障るような質問しちゃったかな?


「……追い出されてしまったのよ」

「……」


 彼女の口調は重々しかった。

 追い出された……魔王ともあろう存在の人が、自分の国を?

 タダごとじゃない。魔王以上の大きなものが、当時のサティ姉さんに襲いかかったんだろうから。

 ――いったい、何があったんだろう。


「昔はたくさん戦争をしていたわ。もちろん侵略戦争よ。あのときの魔王軍は本当に強かったわ。どんな相手でも負けを知らなかった。けれど……」


 そこで彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 あの魔王軍を、打ち破った国があるのか?

 大昔に無敵とまで言われた軍団を上回る存在。それはいったい――


「途中でお金がなくなってしまったのよ」

「…………は?」

「私ったら本当にドジだわ。戦争での出費をちゃんと考えていなかったのよぉ! おまけに魔王軍解散で税金まで取られてしまって。これが本当に高いの。借金はふくらむ一方だったわ。魔王城も家賃滞納が何カ月も続いて追い出されてしまったわ」

「は、はぁ……」


 なんていうか、その……魔王城って賃貸だったんだ。

 

「おまたせしまた~! ケリー特製超ケンコーサラダで~す!」

「あ、どうも」


 ケリーさんがトレー片手にこちらにやってきた。

 元気な声と共に、目の前にサラダと容器二つが置かれる。


 確かに健康になれそうな食材ばかりだ。

 緑色の葉っぱの上に半熟タマゴとゆでた白い肉が乗っている。

 真ん中のこれは……タマゴだ。卵黄をトロトロの白身が包み込んでいて、ほぼ生だ。


「オリーブオイルと塩コショウをかけてから、真ん中の卵黄と混ぜておめしあがりください!」


 彼女を見ると、こちらに向かってほほえんでいた。

 ぼくはすぐに目を逸らした。女の子と三秒以上目を合わせるなんて絶対できない。


「このお店でいちばん人気のメニューなの。あなたも気に入るかもしれないわね」


 そんなにおいしいんだ。

 視線をサラダに集中させる。


 言われた通りオリーブオイルと塩コショウかけてから、卵黄をスプーンですくってからフォークでキレツを入れる。トロトロの卵黄が溢れてくる。

 かけたものが全体に行き届くまでかき混ぜる。よく見たらブロッコリーとスライスされたアボガドが入っていた。

 肉とそれぞれの野菜をフォークで突き刺して、パクリと一口。

 

「……!」


 塩コショウのしょっぱさと卵黄、アボガドのうまみ。野菜の苦さ。この三要素がうまくマッチしている。

 肉もやわらかくて食べやすい。シャキシャキとしたレタスと相性抜群だ。

 

 これは――


「お、おいしい……! こんなおいしいもの初めて食べたよ!」


 そくざに彼女の方へ振り向き、自分でもビックリするぐらいハキハキとした口調で伝えた。


「よかった! そう言ってもらえるとケリーうれしいです」


 満面の笑みだ。

 すぐに彼女から視線をそらした。


 そしてひたすらかぶりつく。食欲が止まらない。

口の中で野菜がシャキシャキとバリバリと音を立てる。

 まさに絶品料理じゃないか。これならいくらでも食べられ……。

 

「見ろお前ら! 今日は最高クラスのうんこが獲れたぜぇ!」

「ぶほおおおおおおおおおお!」


 今のは……ライゼルさんの声だった。

 見ると彼は片手で茶色い物体を持っていた。

 なぜか勝ち誇った顔をしている。


 ……何してるの?


「こ、これは……! 竜神王レヴァテインのうんこじゃないか!」


 何か強そうなのが出てきた。


「なにぃ!? あのレヴァテインのうんこだと!?」

「一億はくだらないぞ!!」


 えっ、そんなに高いの?


「今日下層に行ったら、偶然レヴァテインと遭遇したんだ。ヤツは俺に背中を向けてデカい音を浴びせてきた。そしたら、コイツが飛んできたんだ。すぐに分かったさ。このうんこはレヴァテインからの贈り物だ!」

「おおおおおおおおおお!」

「さすがライゼルだ!」

「あの伝説の竜を認めさせるたぁ、さすがギルド最強の戦士!」


 えっと、あの……たんにひっかけられただけでは……?


「まさかそんな伝説のうんこをお目にかかる日が来るとは……人生捨てたもんじゃないな」

「ああ、なんせ、スーパーウルトラうんこだからな」

「俺もうんこ探しに行くか」

「これからはうんこの時代だ!」


 あの……一応ぼく食事中だからあまりそういう汚いこと言わないでほしんだよね……。


「もおおおおおおおお! ご飯食べてる人もいるんだから、うんこうんこ言わないでよねぇ!!」

「ひっ、ひえええええええ! すいませんでしたあああああああ!」


 ケリーさんが武装集団を黙らせた。

 ものすごい圧力だ。

 

「パパったらそういうところ配慮ないんだからぁ! まったくっ、ダメでしょぉ!?」

「いっ……いやぁ、すまんっ。つい興奮してなぁ」


 ライゼルさんは後頭部をかきながら、娘に頭が上がらない様子だ。

 どうやら最強の称号を持っているは彼ではないらしい。


「あーあとそれケリーが預かるからね。パパすぐになくすんだから」

「おう、頼むぜ」

「もおーパパったらしょうがないんだからぁ」


 ……どっちが親なのか分からなくなる。


 彼女は茶色い物体を素手で受け取った。

 抵抗ないのだろうか。


「おおおおおおおおおおおおお!」


 また別の場所から歓声が上がった。

 今度はなんだろう。振り向く。


「!?」


 目を見開いた。

 

 六、七〇くらいのおじいさんが、逆立ち腕立て伏せをしていたんだ。

 何がすごいって、両足に巨大なブロックを乗せているんだ。

人、一〇人分の重さを軽く超えている。

なのに、それをモロともせずムッキムキの肉体を上下させている。

 

 あらわになった上半身は筋だらけの筋肉でおおわている。脂肪がほとんどない。

 こんな人が本当にいるなんて……しかも高齢者……。

 

「んまだまだ足らん!! んもっとだぁ! もっとワシに痛みをおおおおおおおおお!」


 ……すごいけど変態だった。


「あらあらっ、コレが欲しいのね。でもどうしようかしらっ」

「おぉ頼む! ワシを満足させとくれええええええ!」

「ふふっ、しょうがないわね」

 

 サティ姉さんが大きな杖を掲げた。

宙で光が出てきて、それが巨大なブロックに変化した。ドンッとおじいさんのブロックに乗っかる。


「おおおおおおおおお! 最高じゃああああああ! これぞ快楽!! キモちいいいいいいいいい!」

「ふふふふふふ」


 このマゾじいさんを見てニコニコしているサティ姉さん。

とっても幸せそうに微笑んでいる。


当然、周りの人たちドン引き。


「勘違いするでない! ワシはけっして、マゾではない!!」


 いや何でそんな自信満々に言えちゃうんだよ。


……ここには変な人しかいないのだろうか。


「おもしろいじいさんだろ」


目の前の席に、ライゼルさんが腰かけた。


「ああ見えてけっこうすげぇジジイなんだ。俺の戦いの師匠でもある」

「へ、へぇ……じゃあ、やっぱり強いんですか?」

「ああ、あの歳でまだまだ現役だ。衰える気配が一切ない。まぁ、今はそうなられちゃぁ困るんだけどな――ギルドの目的を果たすまでは」

「目的……ですか……」

「あぁ」


 彼は軽くうなずくと、続けた。


「この下水道のダンジョンボス――タロウ・サトウの討伐だ」

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下水道こそ世界最強のダンジョンでした【うんこしてたら思いついた作品】 Shakla @shakarat

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