地上 その二の八

 富永の元に届けられた事故対策チームからの報告は、想定していたいくつかのケースの内、もっとも対応に苦慮する内容となっていた。中でも、人為的ミスという調査結果は非常に重い。

 まず、この結果を〈もちづき〉の二人にそのまま知らせるか否か、という問題がある。これについての富永の答えは決まっていたが、まずは伝達役の近藤との、情報、および意識の共有が必要である。富永は数秒の思案の後、管制センターで指揮を執っている近藤の端末に、調査報告をそのまま転送した。


 また、落下の原因が人為的ミスによるものとなれば、スポンサー企業の反応も厳しいものが予想される。対応を一つ誤れば、莫大な損害賠償を請求される可能性が高い。この件に関しては、富永の指示により、日本宇宙機構専属の弁護士グループが対応策についての協議に入っていた。


 そしてもう一つ、さらに困難な対応を迫られる問題が日本政府から報告されていたのだが、これに関しては、まだ富永の胸の内だけに納められていた。富永自身の方針が決まっていないのだ。

 並の人間なら、これらのうちの一つを負わされただけでも胃に穴を開けてしまうだろう。だが富永は、調査報告を受けた後も、眉間の縦皺をほんの少し険しくしただけであった。そして今、ため息の一つもつかず、間もなく駆け込んでくるであろう近藤への指示事項を端末に打ち込んでいる。


 内線電話の着信ランプが点灯した。情報監視センターからだった。


「富永だ」

 ――先ほどから、ネット上で流星雨に関する新たな情報が流れ始めました。内容は、本日十二日に再び大規模な流星雨出現の可能性ありというものです。

「情報の出所は確認したか」

 ――不明です。現在までにわかっているのは、十五分ほど前、ネット上の数万を越える掲示板に、流星雨予測の書き込みが行われ、五分足らずで一斉に削除されたらしいということだけです。今は、削除前に保存されていた書き込み内容が出回っているようです。

「やり方が愉快犯の手口だな。おそらくデマを広げて喜んでいるのだろう。あれだけの派手なイベントの後には必ずこういうのが出てくる。それだけか?」

 ――はい。以上です。

「念のため、情報の推移を監視しておいてくれ」

 ――了解しました。


 富永が内線電話の受話器を戻したとたん、再び着信ランプが反応した。今度は外部からの緊急連絡を取り次ぐ交換室からである。


「富永だ」

 ――サトルさんという方から、セキュリティレベルAランクでの接続要求がありました。取り次ぎますか?

「サトル?」

 ――〈もちづき〉の今回の事故に関してお伝えしたいことがある、とのことです。

「ちょっと待て――ああ、あのサトル君か。いいだろう、取り次いでくれ」

 ――では、センター長室の端末に繋ぎます。データの安全性チェックで、若干のタイムラグが生じますのでご注意ください。

「わかった」


 受話器を戻すと同時に、デスク上の端末にサトルの上半身が映し出された。目鼻立ちのくっきりとした端整な顔立ち。その形の良い額に二筋前髪がかかっている。緊張しているのか顔色が悪く、視線がわずかに泳いでいた。

 富永はデスクに向かって身を乗り出し、ディスプレイの脇に立ててある鏡を覗き込んだ。一瞬で眉間の縦皺が消え去り、柔らかな笑顔が浮かぶ。その表情を保ったまま居住まいを正すと、ディスプレイに内蔵されているカメラとマイクをオンにした。


「お待たせしました、富永です。以前、〈もちづき〉の放熱板故障のときにお世話になった方ですね。その節は、どうもありがとうございました」


 ちょうどそのとき、近藤主任のたてる慌ただしい足音がドアの向こうから聞こえてきた。富永はサトルの挨拶を受けながら、カメラに写らないデスクの陰でそっとキーボードの操作を行い、近藤の装着しているポータブル端末に対して「通信中につき、その場で待機」の指示を送信した。

 直後、足音はドアのすぐ外でぱたりと止まり、センター長室は空っぽの静寂を取り戻した。


「いきなりのコンタクトを受け入れてくださりありがとうございます。緊急的にどうしてもお伝えしたいことがあって、このような形を取らせてもらいました」


 サトルの少し掠れた声が、しんと静まりかえった直方体の空間にこだまし、続いて具体的な報告が始まった。

 富永は無言でサトルの話に耳を傾ける。

 やがて報告が新たな流星雨出現という内容にさしかかると、富永の座る椅子の背もたれがギイと音を立てた。

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