第十恋 チクチクぬいぬいオタク君、その3

 いよいよ大事な作業に入る。何かと言えば、顔の刺繍だ。有難いことに型紙には目の大きさと位置のガイドラインがあるので、その部分をくり抜いて重ね、チャコペンで顔の裏に印を付ける。小指の第一関節よりも小さいそのスペースで今はただの布にキャラとしての命を吹き込むのだから責任重大だ。

 黒の刺繍糸を3本抜き取るとバラバラの毛先を揃えて針に通す。が、中々上手く通らない。電車の上のウィンチ?だっけなあの菱形の。あれみたいな糸通しも何故か裁縫箱にないし・・・あ、そうだ。閃いて、針の穴に横に折った糸を通しそこに刺繍糸を入れた。その糸を無理矢理引く。すると、スポンッと綺麗に刺繍糸が通った。良し。ベネ。玉留めをして、顔をひっくり返し裏から針を始める。ここからはひたすら見本代わりのイラストカードとにらめっこと根気の作業だ。糸が引きつらないよう下から真ん中の下辺りまでゆっくり確実に埋めていく。ハイライトを入れる部分だけ残して、また裏で玉留め。同じように白の刺繍糸を通して小さく丸いハイライトを入れ、青の刺繍糸に替えて上までまた上まで丁寧に埋める。同じように反対の目も刺繍。なるべく左右対称になるように慎重に針を進める。完成したら次は口。好きなキャラの、正面から見て右の口角だけを上げる独特な笑い方がとんでもなく好きなので(見本代わりのイラストカードもその表情のものを選んだ)そうなるよう針を入れる。こっちは下書き無しで、全体のバランスを見ながら形を整える。これだけで大分キャラっぽくなった。目は可愛らしい卵形だが許容範囲のデフォルメなので良し。あと、あんな素晴らしい目の形を万年美術2の俺が刺繍で再現なんて無理でした。世の造形師様、デザイン様、いつもありがとうございます<(_ _)>

 休む間もなく、髪パーツの取り付けにかかる。カバン状態の顔に青色の帯で蓋をし、完全な丸にする。キャラの顔ポーチ状態というのが一番伝わるだろうか。もちろん綿を入れる口は開けてあるので、そこから好みの固さになるまで詰める。体とのバランスも忘れない。それが終わったら丸坊主状態のぬいぐるみにヘアセットを施す。型紙を参考に大雑把に頭頂部~後ろ髪部分を切り出し、顔の帯を取り付けた部分に重ねるように縫い付ける。そこから裁縫用の鋏を入れ、アホ毛を再現したりクセを付けたりして整えていく。所々に黒のフェルトも付けて解像度を上げていく。前髪も同じように大雑把に切り出したものを重ねるように縫い付け、誠印の0円カット。頭頂部に特徴的なアホ毛を取り付ければ、そこには紛うことなく好きなキャラがいた。黒が混ざった青の長髪に、似たような瞳。公式スチルで神過ぎた貴重な笑い顔。

 案の定、首と頭を繋ぐ時にその顔に見とれていたら、指は刺すわキャラの髪は巻き込むわで大変なことになった。それが終わる頃にはすっかり夜も更けていて目が限界だった。いや、好きなキャラに全裸のまま夜を越させるの!?と慌てて筒に穴を開けただけの簡易服を作ったが、罪悪感が増しただけだった。

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