第九恋 チクチクぬいぬいオタク君、その2

 フェルトを待ち針で紙の型紙に固定し、鋏を入れる。型紙の線が見える方を上にしてはみ出さないように慎重に刃を進めていく。その昔に直線定規で波線をノートに引いたことがあるので、この作業は特に気をつけなければ。さもなくば好きなキャラの国宝級の顔面が歪んでしまう。かつてないほどの緊張を持って望んだせいで顔と体部分のパーツの切り出しだけで50分くらいかかった。まだ髪パーツが残っているのに、早くも力尽きそうだ。5分休憩を鋏、じゃなかった、挟み、その間に冷えた頭で「頭部分が完成してから髪部分を作れば修正も効く」と閃いたので髪パーツは後回しした。決して切り出しに飽きたとかではない。多分。

 手足首胴が一枚になっている体部分(「クリスマスのジンジャーブレッドの頭がない形」が一番分かりやすいかもしれない)を2枚重ね、待ち針で固定。似たような色の刺繍糸を見つけ、こよってある複数本の中から2本だけを引っ張り出して針に通す。玉留めをしたら、針は体部分の内側から始める。大体のぬいぐるみや物入れを縫う時は最後に糸が見えないようひっくり返すのでそれを考慮して針を入れるが、今回はひっくり返さないので針は内側から始めて縫う間隔も小さく浅くする。ちなみに、内側から始める理由は玉留めを隠すため。右肩から始めて右手、右足、左足、左手と縫い進め、左肩でまた内側で玉留め。綿が出てしまうような穴がないか確認して、縫い目が大きい部分は追い縫いをして綿を詰める。少しずつ綿をちぎって首から入れる。隅々まで行き渡るよう裁縫箱のチャコペンで押し込むように手足部分に詰めていく。好きな固さになるまで詰めたらおk。一旦体は置いておいて、顔の作成に入る。難しいのと、ここら辺は個人の好みとかぬいぐるみの目的によるらしいので所謂「骨」は入れなかった。一応100均には置いてたから、もし次また作る機会があればその時に。あと何となく全裸なのが忍びなくて適当なフェルトを掛けておいた。

 顔の表と後頭部になる2枚の楕円形フェルトに沿って同じ色の帯形フェルトを用意する。この顔の耳くらいまでの長さの帯形フェルトは輪郭になる。片方の楕円形と帯形を重ね、端をやっぱり小さく浅く縫う。こっちはひっくり返すので、針は外側から入れる。片方と帯が繋がったらもう片方も同じように重ねて縫う。出来上がったものをひっくり返して、顔部分の土台は完成だ。キリが良いと、椅子から立ち上がるとフラッとして全身に血液が巡るのが分かった。大きく伸びるとボキボキと良い音がする。目も乾燥して痛い。スマホやパソコンの眼精疲労とは違うタイプの目の疲れから逃げるように外を眺めた。外は既に日が傾いている。慌てて時計を確認すると切り出しから3時間は経っていた。

 まじか。

 慣れないことは手間がかかる。スイスイ縫い物をしていた実家とばあちゃんを思い出し、その凄さというか慣れというかに打ちのめされそうだった。しかし、こんなことで止まる訳にはいかない。

 夕飯を食べ、栄養補給が済んだところで気合いを入れ直し、俺はまた机に向き合った。

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