第十一恋 オタク君の思い出

 キャラ本体を作るのに丸1日、それが2人。それぞれの衣装作りに丸1日。計3日かかって、ようやく好きなキャラと推しキャラのぬいぐるみ、いや、「ぬい」が完成した。自作の良い所はケチらなければ逆に安上がりになることだが、それよりも愛着が尋常でないほど湧くことを実感した。ここで指を刺したな、糸が抜けて焦ったな、縫い目ミスったな、パーツ見失って作り直したな等々。たった3日だが、思い出と言っても良いかもしれない。ぬいが怪我するようなことがあっても、このぬいを治療するのに最適な医師は自分だと思ったりっていうのはただの縫い物ハイかもしれないが。

 ちなみに、衣装は共通の学園服。材料を買いに行った時はそれより凝っている結婚式イベ衣装にしようと思っていたが、変えて良かった。本体を作るだけで披露困憊すぎる。また縫い物用のスタミナとサイフが回復したら作ろう。

 さて、完成したら最初に何をするかは決めていた。キャラの誕生日祝い、所謂「祭壇」作りだ。主役である好きなキャラの誕生日まであと2週間あるが、その週はテストがあるので推し事ができないのだ。申し訳ないが前倒しで祝わせて頂く。設定としては「今回の結婚式イベで好きなキャラに協力して貰った推しキャラがお礼も兼ねてお祝いする」というシチュに現実世界の祭壇を織り交ぜる。懐に限りがある上にグッズも少し選り好みがある俺のコレクションなのでSNSにあるような祭壇は作れないが、精一杯お祝いの気持ちを込めて作ろうと思う。

 まずは机の上にティッシュ箱を3つ。奥に2つとその前に1つ設置して土台にする。フェルトを買った時に抱き合わせで入れられていた白いフェルトを土台に被せて、「土台」を「ステージ」くらいにスピード昇進させる。おめでとう。それを壁に付けて、壁にグッズが寄りかかれるようにする。ここでグッズ収納専用のファイルを引っ張り出して、メンバーの選抜に入る。大きめなのが嬉しい缶バッジにオフィシャルショップ限定ポストカード、他ゲーとのコラボ企画のキーホルダー、アニメショップ仕様のアクリルスタンド、完全に鑑賞用のクリアファイル等々。どれもこれも思い入れのある品で、ここにぬいも加わったのかと思うとオタクとして何故か物凄く嬉しくなった。「エピソードを買う」とはこの事か。長考の末の選抜メンバーは、背景としてのクリアファイル2枚、上段に大きい缶バッジとアクリルキーホルダー、下段に小さい缶バッジとイラストカード。クリアファイルの左右にアクリルスタンド。設置しながらこれまでの推し事が思い出された。このコンテンツとキャラクター達に出会って世界が変わったこと、推しキャラの得意科目が俺も得意科目になったこと、女性ユーザーが多いコンテンツを好きになって悩んだこと、展覧会に単品行軍したこと、先着グッズ欲しさに雪の中チャリを漕いだこと、時々幹孝にひかれたこと、生まれて初めて人を好きになったこと、初恋に悩みながらも余裕がないくらいドキドキワクワクしたこと。どれもこれも大切な経験で思い出だった。

 余りに感傷に浸りすぎて、ケーキを買いに行ったコンビニの手動ドアに派手にぶつかってしまった。あのコンビニには先1カ月は行かないようにしよう。そんな決意を固めながら上段中央に好きなキャラのぬい、ステージ前にコンビニケーキと推しキャラのぬいを設置し、部屋を暗くして机の上のライトを点ける。

 「お誕生日おめでとうございます、ご生誕ありがとうございます。」


 どうかこれからも好きでいさせて下さい。


 最後の一文は流石に恥ずかしくて心の中で呟いたが、伝わってくれていたら良いなと思った。言葉にしなければ伝わらない、とは言うけれども、同じ次元にいない相手に懸想しているのだしここはご都合主義でお願いします。

 そのくらいは許されて欲しい。

 とは、現実世界ではヘタレな俺らしいと言えばらしかった。

 

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