第38話 仲良し兄弟 2 (キュン 2)

「面白いな」

 アスライがポツリと呟いて、微かに口角を上げた。

 笑った。

 いやアスライも笑う。

 完璧な王子様スマイルで。

 万人に平等に楽しくなくても怒っていても、大嫌いな相手にも笑うのだ。

 そこに意味はない。


 でも、今の微かな笑顔は感情からくる笑顔だった。


 コートニーが両手で顔を覆い、真っ赤な顔で目を潤ませているので間違いない。

 そして、レイモンド……。

 いきなり立ち上がると、私に抱きついてアスライを威嚇する。


「アンジェラは俺のもの。やっぱりお前は城へ帰れ」

 人前!

 どうして、そんな恥ずかしいことを軽々しく人前で言うかな?

 これだから、イケメンは人種が違うのよ。


 だいたい、どうしてアスライが一緒に来たのかまだ説明を聞いてない。


「あの、アスライ殿下とレイモンド殿下は仲がよろしのですね」

 コートニーが後ろにハートマークがつきそうな声で、スラスラと二人に尋ねた。

 最近判明したのだが、オタク的会話の時は吃音が出ないことが判明。

 本人に言わせると、アニメのセルフも丸暗記しているので吃音が出ないのだそうだ。

 それはそれですごい。


「ああ、兄弟だからね。それに僕はレイモンドのシークレートサンタなんだ」 

 シークレットサンタ?

 なんとなく子供のとき聞いたことがあるような……。


「お前、余計なことを言うな」

 レイモンドが恥ずかしがっているところを見ると、やっぱり子供のときの話らしい。


「そんなことより、船はどうするんだ?」

「あ、そ、それなら大丈夫です。ち、父の商船を借りることになっています」

「そうか、じゃあもう出るぞ」

 レイモンドが私の手とり椅子を引くと会計に向かう。

 やっぱりついて来るらしい。

 私はララの耳が見えないよう身支度を整えてやる。


「ちなみにアンジェラのシークレットサンタはレイモンドだよ。覚えてる?」

 すぐ後ろで、アスライがこっそりと教えてくれる。


「いいえ、覚えていません」

「それは残念、ああ、それから一つアドバイス。レイモンドは愛されることに慣れていないから、ちゃんと言わないと伝わらないよ」

 ん?

 なんのこと?

「レイモンドを一緒に連れて行きたくなかった理由さ、君はレイモンドを愛しているって自覚したんだろう?」

 アスライが長いまつ毛をパチンと閉じて完璧なウィンクをした。


 ⭐︎


 正直、コートニーの父親の商船にはまったく期待していなかった。

 主に、食料品や医薬品を扱う貿易船でこぢんまりしたものだと聞いていたからだ。


 それが、停泊している船の中でもかなり大型なもので、甲板には艦砲も前後だけではなく左右にいくつも並んでいる。

 いやいや、全然こぢんまりしてないし、なんだったら戦艦って言われても疑わないわよ。



「想像以上に立派ね」

 そういえばコートニーの衣装もたくさんの宝石が縫いこまれ豪華さだけはあった。


「この船だと、島まではどのくらいかかるの?」

 ブニクの港からは高い防波堤もあり島を確認することはできないが、湾を出て北に進むと沿岸から200キロほどにシア島がある。


 シア島はここ数十年活発に活動している島で、常に噴煙を上げていた。

 とてもじゃないけれど、普通の人間が長時間滞在していられる島ではない。

 あんなところに、レイモンドは何度となくドラゴン退治に出向いていたなんて。

 正直どうしてそこまでしてくれるのかわからなかった。


「5時間ってとこだな。だが、島の近くまでしか行けないからそこからは手漕ぎに乗り換える」

 レイモンドが知ったかぶって説明する。

 それじゃあ、今日中に城に帰れないじゃない。


「そんなに?」

「海が荒れればもう少しかかるかもな」

 レイモンドはいいとしてアスライはここで帰ってもらった方がいいだろう。

 もしもいないことが発覚すれば、大問題だ。

 それに、護衛も連れて船に乗るわけにもいかないし。


「アスライ殿下はここで……」

 そこまで言ったところで「私も同行するよ。城は大丈夫、身代わりを置いてきたから。それにこれでも私は剣の腕は確かなんだ」とアスライに遮られる。


 そうでしょうとも、アスライは正真正銘この世界の主人公だもの。

 もういいや、主役の二人が揃って行くって言っているのだ。それを悪役令嬢が止められるはずはない。

 私はもう追い返すのを諦めて皆で一緒に行く覚悟を決めた。


 どうにかなるでしょう。



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