第26話 王宮に部屋をもらいました (キュン7)

「アンジェラ待っていたぞ」

 王宮から暁の庭園を眺めながら西の回廊を歩いて行くと、レイモンドがラベンダーの花束を抱えて出迎えてくれる。

 絵になるわぁ〜。


「うわぁ、いい匂いね。でも、今はラベンダーの季節じゃないわよね」

「暁月宮の温室に沢山咲いているんだ。そのうち案内するよ」

 悪評判があるとは思えないほど爽やかで、流れるように私の手を取りチュッとキスをした。


 挨拶よ。うん、これは挨拶。

 いちいち動揺するな私。


「噂で聞いたことがあるわ。テラ様の温室は小川を引いているって」

「ああ、すごいぞ。そんなことより護衛は?」

「いるわよ。公爵家からピッタリくっついて来ているから王宮の護衛騎士は断ったの」

 レイモンドにも気配が探れないとはお父様はかなり優秀な影をつけたのね。


「そうか。ララはどうした?」

「ララは庭を探検するって」

「邪魔者は消えたわけだ」

「言い方」

「仕方ないだろ。最近いつ会いに行ってもララが邪魔するから、ゆっくり二人でいられない」

 ギューっとレイモンドがラベンダーの花束ごと私を抱きしめた。

 婚約者になってから、距離がますます近い気がする。


「ちょっと、こんな廊下の真ん中でくっつかないで」

「誰も見てない」

「そういう問題じゃないの」

 グイグイと手で押し返せばむくれて後をついて来る。


「じゃあ、これくらいならいいだろ」

 レイモンドは私の手に指を絡めて恋人繋ぎをした。

 そして満足そうに繋いだ手を見ると、ご機嫌に暁月宮を案内してくれる。

 その名前に相応しく、輝く白い壁は月の光を浴びると青白い模様が浮かび上がりとても幻想的らしい。


「暁月宮は俺の宮から見るのが一番綺麗なんだ。明日の朝一緒に見よう」

「遠慮しておきます。そんなことより、私の王宮での部屋を案内してくれるんじゃなかったの?」

「ああ、王宮は人の出入りも多いし俺のそばの方が何かと安心だから……」

「ちょっと待って、まさか王子宮に私の部屋を用意したの?」

 それは婚約者とはいえ行き過ぎなのじゃないかしら。

 世間体を考えてほしい。


「まあ、でも階は違うし公爵家の影の出入りも許可したから」

「じゃあ、お父様も許可したってこと?」

「ああ、絶対に夜這いしないって約束した」

 なるほど、まだ婚約者なのに王子宮に出入りを許すだけじゃなく、部屋まで用意してくれるとはよほど王宮は危険な場所ってことね。


「陛下も王宮で部屋を用意してくれた。そこはそのうち案内する」

「陛下も?」

「ああ、あれでもアンジェラのことは気に入ったみたいだ」

 そうなんだ。

 そんなふうには見えなかったけどな。



 ✳︎


 レイモンドは王子宮でも一番日当たりがよく眺めのいい部屋を用意してくれた。

「いつもの移動は馬車だな」と説明してくれた通り、王宮からも暁月宮からも歩くと少し距離があったが、おしゃべりしながらだとあっという間だ。

 これなら公爵家に戻っても時間的には一緒のような気がするけど。



 部屋は意外にシンプルで飾り気がなかった。

 ピンクでふりふりかと想像したけど、安心だ。


「好きなように模様替えしてもいい」と言ってくれたが、そもそもここに泊まることはないと思うので必要ない。

 それを言うと拗ねそうなので黙っていることにした。


「十分心遣いされた部屋なのでこのままで大丈夫よ」

「俺の部屋は横だ」

 うきうきとレイモンドは私の手を引きベランダへと連れ出す。


「残念だがベランダは飛び越えられない」

 ニヤリと笑い。ウィンクする。


「な、そんなことするわけないでしょ」

「そうか、それは残念」

 チュッ。っとレイモンドがいきなり顔を近づけ頬にキスをした。


「ちょっと、何の脈略もなくそんなことしないで!」

「脈略はある。自覚がないかもしれないが、アンジェラは拗ねた顔が異常に可愛い」

 笑いながら私の腰を両手で引き寄せ、私の顔を覗き込んだまま急に黙り込む。


「何?」

 真っ直ぐに見つめられ目を逸せない。


「んー。脈略がないのがダメなら、雰囲気を作ればキスしていいってことかと思って」

「はぁ?」と変な声を出してしまったところに、またもやレイモンドの顔が近づき素早くおでこにチュッとされる。

 一瞬、唇にされるのかと思った。


「ちょっと、何回すれば気が済むのよ」

「何回しても気は済まない」

 子供みたいな返事に、私は呆れてため息をつく。


「アンジェラからしてくれたら、気が済むかも」

 そんなこと絶対にないから。


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