第27話 引きこもり聖女様 (キュン2)
「それより今日は聖女と会ったんだろ? どうだった?」
レイモンドは私を離してくれる気がないようで、腰を抱きしめたままベランダにもたれかかる。
必然、私の身体も前のめりになりレイモンドの胸へと頭をぶつけてしまう。
もう、いい加減離してよ。壁ドンじゃなくて胸ドンしちゃったじゃない。
おでこに手を当てて睨みつけると、レイモンドは目を細めて頭を撫でてくれた。
痛いのそこじゃないけどね。
「すごく可愛い人でした」
「そうみたいだな。まあ、アンジェラには敵わないだろうけど」
「会ってないの? 聖女様よ」
あなたの本当の恋の相手でもあったんだけど。
「俺には関係ないからな。それにライラが興味のありそうなことには近づかないようにしているんだ」
あ——。
そうね、聖女様はアスライ様のお嫁さん候補ナンバーワンだからね。
「それで、問題っていうのは何だったんだ?」
「ちょっと気になるとすれば、まあ淑女教育が終わっていないのと会話がおぼつかないくらいかな」
「それはちょっとと言えるのか?」
レイモンドの訝しそうな顔に不安はあるが、大丈夫。
みんなに愛されるのがヒロインだもの。
「何とかなるわ」
多分ね。
私はヒロインを思い、自分に言い聞かせた。
ちょっとイメージと違うけど、アニメのように対立しないで仲良くなろう。
✳︎
「こちらが聖女様のお部屋です」
侍女の案内してくれた部屋の前で、私はちょっと首を傾げる。
お茶会って聞いていたけど、お仕事中なのかしら?
「ここは聖女様の執務室ですか? お仕事が終わらないようならお待ちしますが」
「いいえ、こちらにお茶会の準備をしております」
侍女が微妙な顔で返事をする。
私の言いたいことが伝わっているようだ。
王宮は乱暴に言ってしまえば、大きな会社と同じ。陛下もその家族も別々に離宮を与えられている。
なので、実際に王宮の部屋をもらっているのは王宮で働く貴族か外国からの使者がほとんどだ。
招待された貴族や外国の国賓は上位階か離宮に部屋を用意される。
聖女の部屋はどう見ても貴族の侍女の住むエリアと一緒だ。
どうしてこんなところに?
まさか偽物だと思われてるってことはないわよね。
侍女に続いて部屋に入ると、ピンクブロンドの髪と茶色の瞳の少女が生成りの祭服に身を包み立っていた。
「は、初めまして。ボ、ボルジア・コ、コートニーです。す、すみません。き、緊張すると上手く喋れなくて」
聖女はカチコチの動作でお辞儀をする。
これは教え甲斐がありそうだ。
「気にしないでください。初めてだと王宮は威圧感がありますものね。私はランカスター・アンジェラです。教育係に任命されましたが、友人として接してください」
緊張した顔が真っ青になると、聖女は後ろによろけ椅子に躓いて転んだ。
あららら。
「大丈夫ですか?」
侍女が慌てて手を貸すが、俯いたまま耳まで真っ赤になっている。
「まずは座って、お茶でもいただきましょうか?」
聖女は無言で頷くと、ガタガタと音を立てて椅子に座る。
「あがり症は恥ずかしいことではありませんよ。私はお医者様ではないので治療はできませんがお手伝いがいるようであれば遠慮なく言ってください」
できるだけ優しく言ったつもりなのに、聖女は「すみません」とポロポロと涙を流して泣き出した。
ちょっと待って。
これはどう見ても、私がヒロインをいじめている?
私、いじめてないわよね。
横に立つ侍女に説明を求めたが、侍女も困惑して訳がわからないという顔で見つめ返された。
「あの、私怒ってませんよ」
その言葉にピクンと反応して聖女は顔を上げると、勢いよく立ち上がった。
何?
何が始まるの?
「ア、アンジェラ様、わ、私アンジェラ様がアスライ様の婚約者になる邪魔はしません。の、のこのこ王宮まで来てしまって。チ、チラッとアスライ様に会って、就職先を紹介してもらおうと思っただけなんです。引きこもりの私が聖女になろうなんて思ってもいないです。だから殺さないでください!」
聖女はいっきに喋ると、肩で息をしてストンと椅子に腰を下ろした。
手を組んでプルプルと震えている姿は何とも可憐で守ってあげたくなること間違いなしだ。
それに、目を見開いて驚いていた理由も分かった。
彼女も転生者だ。
どうしたものか、とため息をつきたいところだが私は優しく彼女の手を包み込み微笑みを向けた。
「ボルジア令嬢、落ち着いてください。私はレイモンド殿下の婚約者なのでアスライ様との婚約は望んでいません」
「う、嘘……。ア、アスライ様を狙う前はレイモンド様の婚約者だったんですね」
いや、人の話聞こうか。
「令嬢、今の発言は失礼ですよ。取り消してください」
「え! あ、も、申し訳ありません。まだだったんですね」
いやいや、まだも何もないから。
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