第25話 聖女 コートニー視点

「ボルジア様、こちらのお部屋をお使いください」

 侍女に案内された部屋は実家の3倍はありそうな広さだった。

 中央に置かれたベッドにはレースの天蓋が吊るされ、カーテンは細かい花柄、絨毯はふかふかで足が埋まりそうだった。家具なんて今まで話でしか聞いたことのない白を基調としたロマンチックなものだ。


「素敵、お姫様みたい」

 昨日までの神殿の部屋とは雲泥の差で、私はソワソワと部屋を見回した。


「ついにあのうるさい神官たちから解放された」

 いよいよ、ここからが正念場だ。


 前世を思い出したのは10年前。

 かつて引きこもりで、アニメオタクだった私はこの世界のヒロインに転生していた。

 正直、ラッキーとは思えない。



 最大の問題はコートニーと私のキャラがかけ離れていることだ。

 本当のコートニーは田舎育ちで男爵令嬢と言っても野山を駆け回り自由に振る舞う天使だ。天真爛漫な性格に目を見張るような美貌で、王子をはじめ周りの人々を虜にして行く。


 一方私は前世で20年間引きこもっていた実績がある。

 表は可愛いが、中身はコミ症のまま。初めは外見から好感度上がるかもしれないけど、愛想笑いさえ顔が引き攣るのだ、すぐボロが出るに決まってる。

 私がコートニーになっても、絶対に同じ結果にはならないことは容易に想像できた。


 前世同様引きこもって暮らすことを決意。

 それからは極力人との接触を拒んできた。

 しかし、一年前ひょんなことから聖なる力を持っていることが神殿に知られてしまう。

 両親は大喜びし引きこもりを許してもらうことができず、強制的に神殿で奉仕活動を余儀なくされる。


 何度か逃げ出そうとしたが、反抗する人間は最悪戦場に送られることもあると脅された。


 いくらここがアニメの世界でも怪我したら痛いし傷が残る。

 もしも死ぬようなことがあれば本当に死んでしまうということだ。


 神殿でコミ症もかなり克服し、吃音は緊張している時しか出なくなった。

 気掛かりといえば、アニメのシナリオを変えてしまうこと。


 コートニーのセリフには自信があった。

 シナリオさえ変えなければ、セリフを丸暗記してるので吃音も問題ない。

 現実ではセリフだけを言って乗り切るのはかなり難しいかもしれないが、極力余計なことをしゃべらずこの可愛い顔で笑っていればなんとかなるだろう。


 もしもダメだった場合でも、なんとかコミ症でも働ける職場を探してもらうように頼み込めばいい。

 せっかくヒロインに転生できたんだから、今度こそ惨めな人生から抜け出さなくちゃ。私は精一杯自分にそう言い聞かせ、神殿で奉仕活動を1年耐えた。



 ついに今日物語が始まった。


「ふふふ、早くアスライ様に会いたい」

 一度でも会えれば、この世界に転生した甲斐があるというものだ。


 私はふかふかのベッドにダイブしてアスライ様の顔を想像してゴロゴロ転がった。


 いったい、いつ会えるんだろう。

 アスライ様に会うために、引きこもりの私が貴族院や城で働いてる人に会うのを耐えたのだ。

 それなのに今日は王様にも王子たちにも会えなかった。



「何よこの扱い。聖女ってこの国を救う最重要人物じゃないの?」

 挨拶くらいそっちからきなさいよ。

 本当に来られたら困るのだけど、まだこの緊張が続くと思うと心が折れそうだ。


 それにしても神官の奴、最後の最後まで私のことをバカにしていたな。

 いつ王様に会えるか聞いただけなのに、呆れた顔で「準備が整うまでしばらく謁見はできません」とか生意気な言い方をして。

 いつか、見返してやる。



「ク、クローゼットはどこ?」

 私は気晴らしに、クローゼットを覗いてみることにした。

 神殿では階級が上がると生地もデザインもオシャレになるのに、聖女とはいえ正式にお披露目されていない間は下級神官と同じ扱いで、祈りの奉仕用に白の地味な衣装が数着と儀式のときの少しだけ上質の祭服が2着、鼠男みたいなローブしか支給されなかった。


「まったく、頭の硬い奴らよね」

 正式な聖女になっても、2度と神殿には住みたくない。

 なんとか神殿以外で職を探そう。そのために今は嫌でもがんばらなくちゃ。


「こちらの奥が、衣装部屋になっております」

 侍女が鏡台の横のドアを開ける。

 ワォ。クローゼットじゃなくて衣装部屋なの!

 この部屋といい、期待できそう。

 私は急いで衣装部屋へと入った。


「な、何これ?」

 期待した分、裏切られたときのショックは半端ない。


「神殿から届きました荷物と、ご実家から届いた衣装でございます」

 そんなの見たらわかるわ。10畳ほどもある衣装部屋の一角、一畳にも満たないスペースに着古された洋服が並んでいる。

 実家からのものはまだ綺麗だが、それも辺境で着ていたものなのでとても華やかな王宮ににつかわしいものはない。


 そうだったわ。

 コートニーはまともな服を持っていない設定だった。

 のちにアスライ様が気付きたくさんプレゼントしてくれるのだ。

 でもだからってこのださい服をそれまで着ろっていうの?


 そんなの無理。

 だからといってストーリーにない買い物をするわけにもいかない。

 私はため息をついて、これから先の不安を打ち消した。

 きちんとセリフは頭に入っている。ただ、セリフ以外に話さなくてはならないことが多するぎるのだ。

 忠実に再現しなくてはアスライ様とハッピーエンドにはならない。

 そこまで考えて、自分自身に呆れた。

 就職先を探そうと言いながら、もしかしたらアスライ様に気に入ってもらえるかもと思っている自分が情けない。

 いいや、少しくらい希望がないと引きこもりの私が正気ではいられない。

 引きこもりの得意分野の妄想力を今活かせないでいつ活かすんだ!

 私は暗闇に落ちそうな心をなんと奮い立たせた。





「食事の時間になりましたら、食堂にご案内します」

「え? わ、私ここで一人で食べたいんだけど」

 まだ食事のマナーに自信がない。


「わ、私の事情は神殿の人間が説明しているわよね」

「伺っておりますので本日は職員食堂にご案内いたします。こちらではマナーはそれほど重視されません」

「そ、そうなの? でも……」

 人前で食事をするなんて引きこもりの私としては無理。


「承知しました。今日は私がこちらに食事をお持ちします。明日からのことは侍女長とご相談ください」

「わ、わかった。あ、ありがとう」

「では、明日から授業が始まりますので、今日はゆっくりお休みください」

 わがまま言って、気分を害したかな?

 心配になったが、みんなの見ているとこで食事なんて絶対無理なので仕方ない。

 やっぱり家で引きこもっていたい……。





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