芦川ヒカリの憂鬱Ⅴ 2

 オブジェを持って戻った教室は、やはり俺が戸を引いても誰も反応はしなかった。生徒はHRが始まるまでの時間を思い思いに過ごしていて、やはり話題のほとんどは朝倉に関することらしかった。

 唯一、視界に俺を捉えていないはずのハルヒがこちらを一瞥したのは驚いた。俺は人生最大の笑顔で返して、自分の席に月の石をそうっと置く。その効力かハルヒはこちらを目で追うが、結局一言たりとも発さずそのまま机にうつ伏せた。

 規定と違い、キョンとは朝の会話をしていないらしい。やっぱりハルヒの具合が良くないんだろう。あいつだって無意識に異世界人を留めるなんて離れ業をやれば疲れるくらいは普通だ。

 俺は彼女のつむじをしばらく見つめると、黒板に行き日直の欄に書かれた名前を袖で消し、新たに名前を書き直す。これが、行程その一。


「はぁ……」


 それにしても暑い。これが五月の気温だろうか。小説の中でも汗ばむという描写があったが、蝉が鳴きだしてもおかしくないほどの蒸し暑さだ。今日の湿度はいったい何パーセントくらいあるのだろう。あるいはこれも異常気象で、もしかするとハルヒのイライラと比例しているのかもしれない。教室の外では鳩が低空飛行しているが、鳩でも雨の知らせになるのだろうか?

 額の汗をぬぐい、ジャケットを脱いで常用装備のカーディガンも脱ぐ。早く夏服になってくれないものだろうか。こんなのが何日も続くなんてたまったもんじゃない。俺がカーディガンを脱いでYシャツ一枚になると、谷口とキョンが一度だけこちらを見た。認識してないくせに。スケベ。

 よくよく考えれば制服の着方などを注意される可能性なんてないんだよな。俺はそのままシャツのボタンをいくつか外し、だらしなく着崩した格好のままで用意しておいた紐で机とオブジェを固定した。俺の手から離れたので周囲の人間から認識が可能になってゆくとは思うが、見ていないうちに誰かに落とされでもしたら困るからな。

 作戦を決行するには古泉の手が空かなければならない。必然的に、一限目の後の休み時間だけが俺たちに残された時間だ。ハルヒにはその間やきもきしてもらい、俺たちは準備に徹する。あいつの我慢の限界が近づけば近づくほど、異世界人を取り戻したい気持ちも大きくなるっていうのに一縷の望みをかける形だ。もしもこの仮定が事実であれば、大博打で迎え撃つのが最も“それらしい”だろう。

 そんなわけで、俺は鳩を追って教室を後にした。暑さで頭がおかしくなったわけではないことをここに記しておく。




「こらこら暴れるな」


 購買でパンを買った俺は、やっとのことで捕まえた鳩を小脇に抱えながら餌をやっていた。一限目はすでに始まっている。いやあ、どのクラスも体育がなくて良かった良かった。しかし、誰にも見えていないとはいえ教室に鳩を連れ込むなんて奇行、俺もいよいよSOS団に染まってきたよな。

 え? 鳥獣保護法? 頼むから今だけは目を瞑ってほしい。いやはや急遽思いついた行動だから、こんなに汗だくになるとは予想外だった。これから毎日替えのシャツを用意しようぜ。

 机に広げた大量のビラを折りながらHRを受ける図、こんな時でもなければ不良生徒だよな。でも、少しだけワクワクしている自分もいる。なにせ秘密の作戦だ。忍者のように気づかれずに、奇術師のように大胆に行動するなんて、人生に一度くらいはあってもいいイベントだからな。

 このビラはなにかって? ハルヒが撒いていた女装した俺のビラを加工したものだ。使い慣れないソフトばかりで時間はかかったが、ちゃんと女装写真じゃないものに差し替えて、文章も多少まともにしておいた。

 俺は窓際へ行き、折ったビラと糸を結んだ即席トラップを設置する。窓から見た校庭はそれなりに清々しい。これが行程その二。


「さてと。俺ってこんなに独り言が多い人間だったかな」


 意を決してハルヒの鞄を確認する。昨日と変わらずそこに紙袋が入っていることに安心し、拝借していたメモ帳を返しておいた。これはハルヒのロジックを崩すこととは無関係だが、捨て身の分それなりに威力のある搦め手だ。メインとなる作戦の前段階として、地域新聞を検索して、見ながら模写した紙を鳩の足に結ぶ。あとは用意していたダミーナイフをオブジェケースに乗せるだけでいい。

 暇を持て余して教室の中を練り歩いていると、不意に国木田と目が合う。しーっと人差し指を立てると苦笑を返してきた。まさか見えているわけじゃないよな? 国木田はすぐに教師が黒板を叩く音で視線を前に固定してしまう。タイミングが良かっただけか。

 あとはひたすら、授業が終わって教師が出ていくのを待つ。そこからはスピード勝負だ。この作戦、実際に解決するのは古泉とキョンの役目として設定されている。古泉曰く、ハルヒが俺をあいつらに預けてもいいか悩んでいるのが原因らしい。俺としてはそこはこっちに呼んだハルヒが預かってくれよとも思うのだが、ハルヒ理論ではなにがしかの理由があるのだろう。

 二人は二人の言葉で、透明人間がいらない理由を捻出しなければならない。掛け値なしの本音を要求されているのは、実のところ俺だけってわけでもないのだ。だから、俺の搦め手は“今回の逸脱事項”を収める手段というよりは、補強かつ伏線を置くって感じかな。


 授業が、終わる。


「おかわりもいいぞ! 遠慮するな。好きなだけ食え」


 チャイムが鳴った瞬間、俺は教室に鳩を放った。

 手を離れた鳩が教室中を飛び回る中、生徒たちは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。騒ぎを聞きつけて廊下に出た教師も何事かと戻ってくる。

 なにも、異能力だけがを物体を操作できるわけじゃない。鳩を誘導するならパンくずを投げまくるだけで十分だ。ハルヒやキョン、生徒に教師の視線が鳩に集中している状態で俺は板書を消しに急ぐ。ノートを取れていなかったやつがいたら本当に申し訳ない。後で国木田に頼んでくれ。

 黒板に書く内容は決まっていた。タイミングよくキョンの携帯が鳴動し、廊下の向こうからは人垣を掻き分けて古泉が歩いてくるのが見える。目を見開いたキョンの視線が隣の席にあるオブジェケースに縫い付けられた。俺は騒動の最中もかったるそうに顔を上げるだけのハルヒの机に、待ってましたとばかりにパンくずを放り投げる。

 ハルヒの頭が嘴に無遠慮に突かれると、生徒の視線がハルヒに集中した。


「は? なによこいつ。不敬ね」

「お、おい涼宮……大丈夫か?」

「なにかしら、これ」


 容赦なく鳩を掴んだハルヒが、目敏くその足元から手紙を抜き取る。作戦の第一段階は成功だ。この作戦はいっさい話していないので、キョンの「大丈夫か」は俺に言っているんだろう。困惑したように、彼のくれた髪ゴムを振る俺を見ている。うん、ちゃんとキョンには俺が認識できているようだな。

 書かれている文字はハルヒにしか読むことはできない。そして、例え消えかかった人間が書いたものでも、この言葉ならば必ずハルヒは認識できると俺は信じた。それは、ハルヒが三年前の七夕に織姫と彦星に宛てて書いた言葉。


 ──私はここにいる。


 そして今、それはハルヒに俺をもう一度認識してもらうための言葉だ。当然、ハルヒは立ち上がる。その椅子の音に驚いて鳩が飛び上がるのを、女子に命じられた谷口が捕まえて外に逃がすために窓をあける。これで第二段階、完了。


「なんだこりゃあ!」

「谷口まで、今度はなんなんだ」


 窓際の谷口を押しのけて、キョンとハルヒが外を見る。鳩が飛び立つのに合わせて、いっせいに空を舞うのは大量の紙飛行機だ。それらは暑さで窓を開けていた様々な教室に滑り込むように入っていく。この賭けが当たっても当たらなくてもどうせ最後だ。少しだけ能力を使わせてもらおう。なるべくたくさんの人間の手に渡るように。


「……いか飛行機だわ」

「うわ、またお前かよ涼宮。いや、あんなもん朝にはなかったよな」


 東中出身の谷口にはそう思われても仕方がない。俺はさっきまで、鳩を捕まえに行きつつ校庭に白線で文字を書いていた。


「そうなのか?」

「バカね、キョン。あたしじゃないわよ。あたし、朝来てから一回も教室を出てないんだから」

「じゃあなんだ、あれは……V、と……紙飛行機が邪魔だな」

「VOYAVERよ」


 ハルヒは視界を覆う紙飛行機の群れから、ちゃんとメッセージを受け取った。


 ──会いに行く。


 ずっと前に俺が送ったメッセージ。月の石にくっついた生物が間違えて受け取ってしまったその言葉を、もう一度ハルヒに向けて俺は発信した。窓辺に近づいていき、キョンの手を握る。声は聞こえないだろう。ノートに「そのまま」と書いて見せた。


「……それで。あの文字はどういう意味なんだ」

「スペイン語で会いに行くって意味。あいつが、そう言ってたの」


 あの時、俺はこの言葉をスペイン語だとは言っていない。ハルヒはきっと家に帰って調べたんだろうな。きゅ、と心臓が締め付けられる思いがした。


「あいつってのはあいつか? 今日、お前と日直の」


 キョンに言われて、ハルヒは黒板を見る。傍には俺もいるが、ハルヒは黒板をじっと見つめて、しずかに頷いた。行程その一が機能したようだ。どうやら彼は説得のフェーズに入るらしい。


「あら、あたし今日って日直だったかしら。でもそうね。そいつよ」

「転校生で、SOS団の団員で、お前がコスプレさせたがっているやつだよな」

「だからそうだって言ってるじゃない」

「そうだ。それで思ったんだけどな。お前透明人間がどうとか言ってたろ」

「おや。SOS団の活動ですか」


 ドアのところで話の流れを待っていた古泉も教室に入ってきた。些か強引な参入をした古泉は、キョンの隣に順番待ちのように並ぶ。俺は隠れるようにしてキョンと古泉の後ろに立ち、両手で二人の手を掴んだ。左手首に古泉からもらったシュシュをつけて、その手で古泉の手を取る。どうやら古泉にも俺が認識できたらしい。

 窓の外からは騒がしい声が聞こえてきた。もう、鳩はどこにもいない。校庭に出てチラシを拾う教師や生徒が見える。廊下の外でも噂話が飛び交っている。緊張しているのか、俺にはそれらが遠い声に思えていて、一番大きく聞こえるのは自分の心音だった。


「そうね。あんた透明人間を捕まえたの?」

「いや、捕まえられん。なにせ透明人間は透明だ」

「じゃあ、なんだっていうのよ」

「思ったんだけどな。透明人間ってのは、そいつが女子か男子かもわからないわけだ。お前、そいつにはコスプレをさせたいとかってシュミはないのか?」

「……そういえば、そうね。でも喋れば声でわかるんじゃないかしら」

「そうか? 髪色だとか、体型だとか身長だとか、お前の言う萌えってのはそういうのうるさいだろ。透明じゃ、美人か男前かもわからなさそうなもんだが」

「それは……」


 なるほど、キョンが昨晩思いついたのはそれか。ハルヒは萌えにうるさい。朝比奈さんにコスプレをさせている理由だって、“かわいい”朝比奈さんに萌え要素を乗せて不思議事件を呼び込むのが目的だ。透明なら、かわいいかどうかもわからない。要するに、ハルヒが気に入る萌えキャラかどうかが、わからない。


「でも、あんたも別に見た目は地味だし。要は役割よ。透明ってだけで十分。美醜は問わないわ」

「その割には……ま、いいか」


 キョンは横の古泉と、俺に目線をやる。バトンタッチみたいだ。


「それでは。僭越ながら進言よろしいでしょうか」

「次から次へとなによ? あんたたち二人で透明人間についてちゃんと考えたわけ? 意外だけど」

「彼の話を引き継ぐような結論になりますが、これが意外に重大な欠陥だったんですよ」


 古泉はいつも通りたっぷりと時間をかけた。ハルヒが結論を急かそうと口を開いた瞬間、種明かしをするマジシャンのように手を広げる。


「透明人間とは遊べないんですよ」


 そう言って、古泉は身体を横に傾けた。


「そんなこと……」


 ハルヒが返答に詰まる。


「そんなことないわよ。別に……筆談だってできるし、声だって聞こえるはずだわ。姿だって、目を凝らせばなんとなくわかるんじゃないかしら」

「そうでしょうか。なにせ、透明ですからね。一緒にいたとして、遊べている状態なのかはわかりません。どう感じているのか、表情を読むことも難しいでしょう。ですから、他の不思議な存在を探す方にシフトすべきではないかと」

「そう、ヒカリが言ったんだな?」


 キョンが付け加える。古泉と彼の間から、俺は顔をのぞかせている。今までなら、空白でしかなかったそこを、彼が見下ろしている。

 古泉は薄く微笑み、頷いた。


「ええ。おそらくその為にこれだけ大掛かりなことをしたんじゃないですか。ただ透明人間を否定するだけで、代案も考えない人ではないでしょう。ヒカリくんのことですから」

「古泉……お前、思い出したのか」


 古泉はこちらを見下ろし、微笑んでいる。きっと本当は緊張しているのに隠して。

 ハルヒの視線は俺を確実に捉えているが、喜んだり安心している場合では、まだない。


「そうだ。でもそれだけじゃない。俺はお前に掃除を変わってやった貸しがある、そしてなにより功績もある。だから、それを受け取りたいと思ってな」


 時間が止まったようにハルヒは何も言わない。


「──ハルヒ、お前を下の名前で呼びたい」


 また「誰もいないじゃない」とか「ヒカリって誰よ」とか言われる可能性だってある。俺は祈るようにハルヒを見た。俺はここにいる。会いに来た。お前の招待をちゃんと受け取ったんだ。

 はあ、とハルヒがため息を吐く。


「バカね。もう呼んでるじゃない」


 俺は身を乗り出した。ハルヒはすこしだけ笑っているみたいだった。声が聞こえている。見えている。でもまだ、二人と手を離していいのかわからない。


「……じゃあ、いいってこと?」

「だから、もう呼んでるのに良いも悪いもないでしょ」

「あとね。透明人間については俺も一個あります。それはね、透明人間はハルヒに目を見てしゃべってもらえないから、可哀相だと思いました」

「小学生の作文じゃないの。でも、透明人間側からの視点っていうのはいい考え方かもしれないわ……しょうがないわね。わかったわよ」


 これはさすがに、もう大丈夫だろう。説得は成功した。そう思ってもいいはずだ。俺たちは三人で顔を見合わせる。キョンは小さく息を吐き、古泉は両手を広げる。俺は感極まって泣きそうになりながら、古泉の胸に飛び込んで、綺麗に整った髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。


「よし、よくやった古泉! えらいぞ! グッボーイ!」

「犬ですか? 僕」

「いぬぼくはゆうきゃんだから……」

「誰だそいつ」


 いや、キョンの中の人は出ていたが。


「もう、イチャついてんじゃないわよ朝っぱらから。それで、なにが代案なわけ?」

「この度SOS団不思議交渉係として、芦川ヒカリはこのようなチラシを配布させていただきました」

「さっきの紙飛行機じゃない。えーと」


 古泉は俺をハルヒの方にくるりと回転させる。がっしり肩を掴んだままなんだけど、まあそのくらいは大目に見てやろう。ストレスがマッハになって椅子を殴られたら困るからな。

 俺が配ったチラシにはこう書かれている。


『不思議事件調査します。あなたの身の回りで起こった、自然的でない事象があればまず我々にご相談ください。我々SOS団は学生生活における不必要な不安要素を取り除くため尽力いたします。生徒会や職員に相談しにくい。相手にしてもらえないだろうという懸念にこそ寄り添いたいと考えています。尚、七不思議などの霊現象と害虫駆除はご遠慮願います。メールアドレスは……』


 個人的要望も添えさせてもらった。デザインは元々ソフトに入っていたシンプルなテンプレを使い、スキャナーで取り込んだ俺が描いた団員の似顔絵がいかにもアットホーム感を漂わせている。


「不思議事件を募集していることは変わらないが、なんとなく話やすい感じになってるだろ」

「ザコっぽい相談も来そうだけど、このゆるキャラみたいなのはいいかもね。将来あたしたちがグッズ化するようなことがあれば採用してもいいわ」


 ラミカとかプラ板でよければ自作してやってもいいぞ。そんなに気に入ったんなら。


「キョンと古泉くんは何を考えたの?」

「ヒカリのコスプレ案」

「はっ、何勝手なこと言ってんだよ!?」

「とはいえ、これはうちの妹が描いた絵を元にしてだな」


 キョンが取り出したのは、クレヨンで描かれた例の魔法少女クイズアニメの絵だ。


「あ、それ最近やってるやつよね」

「ああ。妹の絵を見てピンと来た。自称オタクのこいつだ。アニメのコスプレならするんじゃないかと思ってな」

「なるほどね。あんたにしては名案だわ。でもそれで寄ってくるのってアニメが好きなやつだけじゃないの? あたしは何もかわいいからコスプレをさせてるってわけじゃないのよ」

「さあな。案外本物の魔法少女と勘違いして悪の組織が飼い殺そうと襲ってくるかもしれんぞ」


 おい、古泉が苦笑してるじゃないか。やめてやれよ。ていうか別にその魔法少女の服を着るって決まったわけじゃないですけど?


「古泉くんは?」

「ええ。ヒカリくんをより魅力的に見せるという話でしたよね」


 そんな話だったか?


「それならやはり、こうして」


 言いながら肩に置かれていた古泉の両手が俺の首をなぞりながら頬まで上がってくる。


「……なっ、なにして、んの」

「このように照れているのが可愛らしいかと」

「なんの話してんの、マジで」

「たしかに可愛いわね」

「なんなの? お前らの相互理解は」


 ひとしきりハルヒと頷き合うと、古泉は俺の頭を仕返しとばかりに撫でてきた。


「というわけで、以降積極的に押していきたいと思います。手加減なしで。ヒカリくんは涼宮さんの選んだ団員ですから、改めてその許可をいただきたく思いまして」

「古泉くん、本気でオトしにいくってわけね。いいわ、ちゃんとあたしに申請もしたしね。許可します」


 さっきから気になってたんだけど、人間は一人一人に人権があるって知ってたか?


「じゃあ、少しはおめかししなきゃね。あんたご褒美欲しいとか言ってたし」


 ハルヒは鞄から紙袋を取り出し、自分で封を切った。それ、俺に開けさせてくれないんだ……。

 そして手招きすると、身を乗り出した俺の前髪をなにかでパチンと留めた。


「偶然持ってたの。さっきのキョンの絵にも、にんじんのヘアピンがあったでしょ」


 そう言って、ハルヒは俺を自分の隣に座らせて好き勝手に髪の毛を弄り始めた。


「ハルヒ。俺も偶然持ってるんだけど」


 彼女から以前もらったリボンを取り出すと、ハルヒは久しぶりにお姉さんみたいな柔らかな顔で笑った。


「そう。偶然あたしも同じリボンを持ってきたから、二つ結びにしてあげるわ。アニメの服ってどこで売ってるのかしら。あんた、今度一緒に買いに行くわよ」

「コスプレショップとかじゃない。露出低いのにしてくれよ」

「大丈夫よ。あれ子供向けアニメだし」


 キョンと古泉が、ようやく人心地ついたように同時に息を吐きだした。谷口や国木田もこちらを生暖かい目で見ている。注意しにくる朝倉は、もういない。

 多分、この後俺は教師に怒られるだろう。でも、SOS団ならこれくらいのことはやらないとな。学生の内だから多少のやんちゃはしたってバチは当たらないさ。


 その罰を当てる神様が、こんなに穏やかに笑っているのだから。

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涼宮ハルヒの憂鬱世界に召喚されたらこっちが鬱になりそうな件 マルヤ六世 @maruyarokusei

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